エド・サリヴァン
| エド・サリヴァン Ed. Sullivan |
|
| 本名 | Edward Vincent Sullivan |
|---|---|
| 別名 | Great Stone Face |
| 生年月日 | 1901年9月28日 |
| 没年月日 | 1974年10月13日(満73歳没) |
| 出生地 | |
| 職業 | 司会者、ジャーナリスト |
| ジャンル | テレビ |
| 主な作品 | |
| 『エド・サリヴァン・ショー』 | |
| 備考 | |
| 「ハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム」 | |
エドワード・ヴィンセント・サリヴァン(Edward Vincent Sullivan, 1901年9月28日 - 1974年10月13日)は、エド・サリヴァン(Ed Sullivan)としてよく知られたアメリカ合衆国の娯楽作家兼テレビ司会者。1950年代から1960年代にかけて人気の頂点にあった、その名を冠した『エド・サリヴァン・ショー』の司会者として最もよく知られる。
目次 |
[編集] プロフィール
[編集] 記者時代
サリヴァンはスポーツ新聞の記者であり、ニューヨーク・デイリーニューズの劇場コラムニストであった。彼のコラムの多くはブロードウェイのショーとゴシップに関するものであった。また彼はラジオでの報道原稿を執筆した。サリヴァンはその放送経歴の全体に渡り、報道原稿を書き続けた。
[編集] エド・サリヴァン・ショー
1948年にCBSネットワークが日曜夜のテレビ・バラエティショーのホストとしてサリヴァンを起用した。番組のタイトルは当初『トースト・オブ・ザ・タウン』であったが後に『エド・サリヴァン・ショー』に改名される。番組はニューヨークのCBSスタジオ50から放映され、1967年には『エド・サリヴァン・シアター』と改名された(現在その時間帯には『レイト・ショー・ウィズ・デイヴィッド・レターマン』が放送されている)。
1971年になると、もはやマンネリ化した『エド・サリヴァン・ショー』の視聴率はもはや20位にも届かなくなっていた。このため、CBSの上層部は同年6月6日を持って番組を打ち切ってしまう。サリヴァンは激怒し、1973年に『エド・サリヴァン・ショー』25周年スペシャル番組ほかの特番に出演するまでCBSと縁を切った。
[編集] 主な出演者
「エド・サリヴァン・ショー」も参照
[編集] 死去
番組終了後わずか3年後に食道癌で1974年に死去し、ニューヨーク市マンハッタンから北に25マイル(40km)ほどの郊外にある高級住宅街、ニューヨーク州ハーツデール(Hartsdale, New York)のファーンクリフ墓地(Ferncliff Cemetery)に埋葬された。
[編集] 評価
サリヴァンは彼自身演技力をほとんど持たず、またカメラにおける彼のマンネリズムはコメディアン達の揶揄の対象となった(彼らはサリヴァンの無表情さを「Great Stone Face」と呼んだ)。また、彼の独特の発音(「ショウ」を「シュウ」と発音する癖があった)もコメディアンの物まねの対象にされ、番組内であるコメディアンがそれを披露した時、本人は苦笑していた。コラムニストのハリエット・ヴァン・ホーンは「彼は『個性を持たない』という個性でその地位を得た。彼は最も一般的なのである」と評した。サリヴァンはこれに対し短文で返答した。
- Dear Miss Van Horne,
- You bitch.
- Sincerely, Ed Sullivan
- 対訳:「拝啓、ヴァン・ホーン様。
- この、性悪女。
- 敬具、エド・サリヴァン」
その功績が評価され、カリフォルニア州のハリウッド大通り6101にある「ハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム」に星を持っている。