エドワード・ヘンリー・ハリマン

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エドワード・ヘンリー・ハリマン(1899年

エドワード・ヘンリー・ハリマン(Edward Henry Harriman, 1848年2月20日 - 1909年9月9日)はアメリカ合衆国の実業家。W・アヴェレル・ハリマンの父。

ニューヨーク出身の銀行家であり、ユニオン・パシフィック鉄道及びサザン・パシフィック鉄道の経営者になった。ヤコブ・シフと共に日露戦争中には日本の戦時公債を1人で1千万円分も引き受け、ポーツマス条約締結直後に訪日して、1億円という破格の財政援助を持ちかけて、南満州鉄道の共同経営を申し込んだ。日本側も乗り気で1905年にポーツマス条約で獲得した奉天以南の東清鉄道の日米共同経営を規定した桂・ハリマン協定を結んだが小村寿太郎外相の反対により破棄された。