エディー・ジョーンズ (ラグビーユニオン)
エディー・ジョーンズ(Eddie Jones, 1960年1月30日 - )は、オーストラリアタスマニア州バーニー出身のラグビー指導者。ラグビー日本代表ヘッドコーチ(2012年4月 - )。日本ラグビーフットボール協会所属(2012年4月 - )。
[編集] 来歴
父はメルボルン出身のオーストラリア人。母は日系アメリカ人2世でアメリカ人と日本人のハーフ。ジョーンズは日本人クオーター(1/4)になる。妻は日本人の日本語教師で娘が1人と姉が2人いる。
現役時代のポジションはフッカー。身長173センチ、体重82キロと大柄なフッカー選手が揃うオーストラリアラグビー界では小柄な体形であるが機敏な動きで活躍した。1992年まで現役生活を続けラグビーニューサウスウェールズ州代表に選出された経歴はあるが、ラグビーオーストラリア代表に選出された経歴はない。
マトラヴィル・ハイスクール在学時にはD・ノックス(ワラビーズ13キャップ)、エラ兄弟(マーク(ワラビーズ25キャップ)、ギャリー(ワラビーズ6キャップ)、グレン(ワラビーズ4キャップ)らと共にランドウィッククラブでプレーした。 シドニー大学で体育学を専攻し1982年に卒業(学位は教育学士)。大学卒業後は教員となり高校で体育を教える。プロラグビーコーチ転身前の1994年はオーストラリアの高校で学校長を務めていた。日本人妻とはこの高校で知り合い結婚する。
1995年東海大学体育会ラグビーフットボール部の青森合宿に参加するため初来日。1996年に同部コーチに就任。ラグビー指導者としてのキャリアは日本が始発点となる。同年ラグビー日本代表フォワードコーチを兼任。
1997年4月サントリーサンゴリアスフォワードコーチに就任するも、スーパーラグビーACTブランビーズヘッドコーチに内定したため同年9月に移籍。ACTブランビーズとは4年契約を結び2001年までヘッドコーチを務める。2001シーズンにはスーパー12ファイナルで南アフリカのシャークスに36-6で勝利し初タイトルを獲得。オーストラリアのラグビーチームとしては初となるリーグ制覇を達成。この間の通算成績は28勝20負。
1999年にオーストラリアン・バーバリアンズコーチを務める。
2001年、ロッド・マックイーンの後任として、ノンキャップながらラグビーオーストラリア代表ヘッドーコーチに就任。代表キャプテンにジョージ・グレーガンを指名。2003 ラグビーワールドカップではワラビーズを決勝戦延長まで進めるもイングランド代表を前に17-20で敗北。オーストラリアラグビー協会とは2007 ラグビーワールドカップ終了までの契約を結んでいたが、2005年シーズンに9戦8負と大きく負け越しこの年に代表ヘッドを更迭された。ワラビーズでの通算成績は57戦33勝23負1分。2007年レッズヘッドコーチに就任するもチームは14チーム中14位に終わり、ジョーンズのオーストラリアでのコーチ業は終わったと酷評された。
2007年にラグビー南アフリカ共和国代表チームアドバイザーに就任し、2007 ラグビーワールドカップでの同チームの優勝に貢献。
2008-2009シーズンはサラセンズヘッドコーチ(12チーム9位)。
2009-2010シーズンはジャパンラグビートップリーグのサントリーサンゴリアスGM、2010-2011シーズンはサントリーサンゴリアスGM兼監督として日本選手権優勝。2011- 2012シーズンはトップリーグ、日本選手権を優勝し2冠達成。外国人指導者としては初となるリーグ制覇を達成した。
2011年12月、ラグビー日本代表ヘッドコーチに内定。契約期間は2012年4月から2015 ラグビーワールドカップ終了まで。
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