エイブラハム・ウォールド

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エイブラハム・ウォールド

エイブラハム・ウォールド(またはアーブラハム・ヴァルト、Abraham Wald, 1902年10月31日 - 1950年12月13日)はトランシルバニア出身の数学者。ハンガリー表記ではWald Ábrahám (ヴァルド・アーブラハーム)

生涯[編集]

1902年にクルージュ=ナポカで生まれる。1927年ウィーン大学数学科に入学、1931年博士号を取得。1938年の渡米後は、コロンビア大学に在籍した。

カール・メンガーの弟子であり、ウィーン銀行家・経済学カール・シュレージンガーに紹介され、ウィーン学団が当時検討していたワルラスカッセル体系の問題を紹介された。

1950年にインド上空の飛行機事故で若くして死亡した。

主要論文[編集]

  • "On the Unique Non-Negative Solvability of the New Production Functions (Part I)"1935年)- "Menger, editor, Ergebnisse eines mathematischen Kolloquiums"('34-35年)
  • "On the Production Equations of Economic Value Theory (Part 2)"1936年) - "Menger, editor, Ergebnisse eines mathematischen Kolloquiums"(1934-35年)
  • "Contributions to the Theory of Statistical Estimation and Testing Hypothesis"1939年)- "Annals of Mathematical Statistics"
  • Statistical Decision Functions1950年

参考資料[編集]

外部リンク[編集]