エイズ否認主義

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エイズ否認主義(エイズひにんしゅぎ、: AIDS denialism)とは、エイズの原因は、HIV以外にあると考える科学者とその主張を指していう言葉である。これは医学用語ではなく、医学書には、このような単語は存在しない。こうした主張を批判する場合でも、この語(エイズ否認主義)は、医学関係者の間では全く使われておらず、医学関係者がこの仮説に言及する際には、代替仮説(alternative hypothesis)、もしくは、デュースバーグ説等の語が使用される事が多い。

概要[編集]

エイズ否認主義と言う語は、人文系の人々の間で[要出典]のみ使用される特異な語である。1980年代から1990年代には、サイエンスランセット、他の一流医学誌にこうした主張を正面から述べた論文が掲載されていた時期があるが、2000年代には殆ど見られなくなっている。

英文の医学教科書では、Merritt's Neurologyなどにこうした代替仮説を批判する比較的詳しい記述が見られ、医学界の少数意見として、なお議論されているが、エイズ否認主義と言った語は、これを批判する論者を含めて、医学関係者の間では全く使用されていない。

主張[編集]

呼び名はともかく、こう呼ばれる科学者たちの主張の要旨は「エイズはヒト免疫不全ウイルスによって引き起こされるものではなく、麻薬血液製剤などの直接作用によって免疫機能が低下することで起きる」というものである。それによれば、まず、エイズは一つの病気ではないとされる。彼らに依れば、(1)麻薬常用者のエイズ、(2)血友病患者のエイズ、(3)男性同性愛者のエイズ、(4)アフリカのエイズ、は、それぞれが独自の原因によって引き起こされている別々の疾患であるとされる。要約すれば、彼らの主張では、(1)麻薬常用者のエイズは、HIVが原因ではなく、ヘロイン等の麻薬その物が持つ免疫障害が原因である。(2)血友病患者のエイズも、血液製剤中のHIVが原因なのではなく、投与された血液製剤中の他人の蛋白質の過剰投与が原因である。(3)男性同性愛者のエイズは、欧米の男性同性愛者が、肛門性交を容易にする為に使用する事の多い亜硝酸アミル及び彼等が高率に使用する麻薬が原因である。(4)アフリカのエイズは、病像も欧米のエイズと異なる全く別の疾患患者が、たまたま抗HIV抗体陽性であった場合に、欧米のエイズと混同されて来た物である、等と説明される。更に、麻薬常習者の場合は、自己抗体が出現しやすい事から、抗HIV抗体が陽性であっても、偽陽性である場合が多いと論じる論者もある。(Duesberg)論拠としては疫学的な物が多く、血友病患者のエイズでは、スコットランドで報告されたように、HIV陰性の血液製剤を投与された場合でも臨床的にエイズと見なされる症状を呈した症例が少なからず見られた事(Lancetに論文が掲載されている)、HIV陰性のエイズが存在する事、ヘロインはそれ自体がリンパ球破壊作用を持つ事が実験的に証明されている事、医療従事者の針刺し事故の追跡では、HIV陽性とされる血液を誤って刺した場合でも、エイズを発症する場合が余りにも稀である事、その他が挙げられている。

ピーター・デュースバーグ[編集]

こうした諸事実から、ピーター・デュースバーグヒト免疫不全ウイルス(HIV)は、コッホの原則を満たしていないと主張する。

主な論者としては、カリフォルニア大学バークレー校分子生物学細胞生物学教授、ピーター・デュースバーグ (en:Peter Duesberg)、PCR法の発明者として知られるノーベル化学賞受賞者のキャリー・マリス、同じくノーベル化学賞受賞者のライナス・ポーリング、他が知られている。

マリス、ポーリング等の複数のノーベル賞受賞者がこの主張を支持している事から、欧米では1980年代から1990年代にかけて関心を集め、マスコミでもしばしば取り上げられた時期がある。

日本[編集]

日本では、山口大学医学部の教授であった柴田二郎が、マスコミでこれに近い主張を述べた事がある。日本のマスコミでは、DAYS JAPAN(講談社)に医学ジャーナリストの永井明によるデュースバーグへのインタビューが取り上げられた事が有った他、SAPIO週刊ポストFOCUSニューズウィーク日本版が、1990年代に、ピーター・デュースバーグ教授の個人的見解として取り上げる形で、この主張を報じた事があった。

ピーター・デュースバーグは、特に、エイズの治療薬として使用されていたAZTその物がエイズの原因の一つだと主張したが、他の論者は、必ずしもこの点には同意していない。又、Root-Bernsteinのような、エイズ発症における麻薬の役割を強調する中間的な論者も存在する。

1993年にベルリンで国際エイズ会議が開かれた際には、こうした代替仮説を支持する患者団体が会場付近でデモを行ない、これを批判するグループと衝突した事もある。[1]

欧米では、患者の一部が、現行の医療への不満、批判とともにこうした「代替仮説」支持する傾向がある。他方、南アフリカ共和国などのアフリカ諸国においては、こうした主張が陰謀論して批判された事がある。

参考文献[編集]

この問題について書かれた日本語の文献としては、ミルコ・D・グルメク中島ひかる中山建夫訳『エイズの歴史』(藤原書店・1993年)に訳者の中山建夫公衆衛生学疫学東京医科歯科大学))が寄稿した「エイズ解題」(同書425頁)がある。

これらの論者たちが引用し、根拠に挙げる論文(一部)[編集]

(麻薬患者の免疫不全に関して、これらの論者から、麻薬自体の免疫障害作用を報告しているとして引用されている論文)

  • Gabriel G.Nahas, Nicole Souciu-Foca, Jean-Pierre Armand, Akira Morishima. Inhibition of Cellular Midiated Immunity in Marisuana Smokers.(1974)(Science. Vol.183: 419-420)
  • Shelly M.Brown, Barry Stimmel, Robert N.Taub, Shaw Kochwa, Richard E.Posenfield. Immunologic Dysfunction in Heroin Addicts.Arch Intern Med/Vol 134, Dec 1974: 1001-1006

他多数

(男性同性愛者の免疫不全に関して、これらの論者から、男性同性愛者が多用する薬物による免疫障害作用を報告しているとして引用されている論文)

  • Michael Marmor, Alvin E. Friedman-Kien, Linda Laubenstein, R.David Byrum, Daniel C. Willem, Sam D'onofrio. Risk Factors for Kaposi's Sarcoma in Homosexual Men. The Lancet Saturday 15 May 1982:1083-1086

他多数

(血友病患者の免疫不全に関して、これらの論者から、血液製剤自体による免疫障害作用を報告しているとして引用されている論文)

  • Peter Jones, Stephen Proctor, Anne Dickinson, Sharron George. Altered Immunology in Haemophilia. The Lancet, January 15, 1983: 121
  • Robert.S.Gordon. Factor VIII Products and Disordered Immune Regulation. The Lancet, April 30, 1983: 991
  • R.Carr, S.E.Veitch, E.Edmond, J.F.Peutherer, R.J.Prescott, C.M.Steel. Abnormalities of Circulating Lymphocytes in Haemophiliacs in an AIDS-Free Population. The Lancet, June 30, 1984:1431-1434

他多数

AIDSの原因は、HIVではないと、論文の著者が、真っ向から主張する医学誌上の論文[編集]

(ここでは、主張が明快に述べられたDuesbergの論文を挙げる。)

  • Duesberg, P., Koehnlein, C. and Rasnick, D. (2003) The Chemical Bases of the Various AIDS Epidemics: Recreational Drugs, Anti-viral Chemotherapy and Malnutrition. (J. Biosci. 28: 383-412) (This paper is accompanied by a Commentary from Haverkos, H. (J. Biosci. 28: 365-366). It is also reviewed by an Editorial from Current Science. (Current Science 85: 117-118) Gordon T. Stewart et al. The Durban Declaration is not accepted by all (2000) Nature 407: 286.)
  • Duesberg, P. H. and Rasnick, D. (1998) The AIDS dilemma: Drug Diseases Blamed on a Passenger Virus. (Genetica 104: 85-132.), and a searchable textfile.
  • Duesberg, P.H. (1997) Duesberg Defends Challenges to the Existence of HIV: Article 2 of 2 for Continuum (Continuum 4 (5), 26)
  • Duesberg, P.H. (1996) Duesberg Defends Challenges to the Existence of HIV: Article 1 of 2 for Continuum (Continuum 4 (2), 8-9)
  • Duesberg, P. H. (1996) How much longer can we afford the AIDS virus monopoly? (In: Duesberg, P. (eds.) AIDS: Virus- or Drug Induced?, Kluwer, Dordrecht, Netherlands, 241-270)
  • Duesberg, P. and Bialy, H. (1996) Duesberg and the Right of Reply According to Maddox - Nature (In: Duesberg, P. (eds.) AIDS: Virus- or Drug Induced?, Kluwer, Dordrecht, Netherlands, 111-125)
  • Baumann, E., Bethell, T., Bialy, H., Duesberg, P.H., Farber, C., Geshekter, C. L., Johnson, P. E., Maver, R. W., Schoch, R., Stewart, G. T., Strohman, R. C. and Thomas Jr., C. A. (1995) The Constitution of the Group for the Scientific Reappraisal of the HIV/AIDS Hypothesis (Science 267, 945)
  • Duesberg, P.H. (1995) Foreign-protein-mediated immunodeficiency in hemophiliacs with and without HIV (Genetica 95: 51-70)
  • Duesberg, P. H. (1994) Results fall short for HIV theory (Insight 10, February 14, 27-29)
  • Duesberg, P. H. (1994) Infectious AIDS - stretching the germ theory beyond its limits (Int. Arch. Allergy Immunol. 103: 131-142)
  • Duesberg versus Piatak et al: "HIV and AIDS" Duesberg P, Science, 260, p1705 (1993); Response: Lifson et al., p 1705-6.
  • Duesberg, P. H. (1993) The HIV gap in national AIDS statistics (Biotechnology 11: 955-956)
  • Duesberg, P. H. (1993) Can epidemiology determine whether drugs or HIV cause AIDS? (AIDS-Forschung 12: 627-635)
  • Duesberg, P. H. (1993) The Enigma of Slow Viruses (The Lancet 342: 720)
  • Duesberg, P. H. and Schwartz, J. R. (1992) Latent viruses and mutated oncogenes: no evidence for pathogenicity (Prog Nucleic Acid Res Mol Biol 43: 135-204)
  • Duesberg, P. H. and Schwartz, J. R. (1992) Latent viruses and mutated oncogenes: no evidence for pathogenicity. (Prog Nucleic Acid Res Mol Biol 43: 135-204)
  • Duesberg, P. H. (1992) AIDS acquired by drug consumption and other noncontagious risk factors (Pharmac. Ther. 55: 201-277), and a searchable textfile.
  • Duesberg, P.H. (1992) The role of drugs in the origin of AIDS (Biomed. Pharmacother. 46, 3-15)
  • Duesberg, P. H. (1991) AIDS epidemiology: inconsistencies with human immunodeficiency virus and with infectious disease (Proc Natl Acad Sci USA 88: 1575-1579)
  • Duesberg, P. H. (1989) Human immunodeficiency virus and acquired immunodeficiency syndrome: Correlation but not causation (Proc Natl Acad Sci USA 86: 755-764)
  • Duesberg, P. H. (1988) HIV is not the cause of AIDS (Science 241: 514-516)
  • Duesberg, P.H. (1987) Retroviruses as Carcinogens and Pathogens: Expectations and Reality (Cancer Research 47: 1199-1220)

脚注[編集]

  1. ^ 月刊BARTによれば、この衝突の背景には、AZTの毒性を訴える患者団体とこれに反発した勢力の対立があったとされる。