エイシンプレストン
| エイシンプレストン | |
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2001年6月3日 東京競馬場
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| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 鹿毛 |
| 生誕 | 1997年4月9日 |
| 父 | グリーンダンサー |
| 母 | ワランティアプライド |
| 生国 | |
| 生産 | ジョセフ E. ゲール |
| 馬主 | 平井豊光 |
| 調教師 | 北橋修二 |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 32戦10勝 |
| 獲得賞金 | 4億9106万7000円 2460万香港ドル |
エイシンプレストン(Eishin Preston 香港表記:栄進寳蹄)は、日本の競走馬である。現在は日本で種牡馬となっている。アメリカで生産され、日本で調教された外国産馬である。香港で国際G1を3勝したほか、1999年の朝日杯3歳ステークスを制し、JRA賞最優秀3歳牡馬に選出されている。デビューから全ての競走で福永祐一が騎手を務めた。馬名の由来は冠名+アメリカの地名。
*馬齢表記が2001年で変更されたので、競走名を除き現在の表記で統一する。
目次 |
[編集] 現役時代
[編集] 2歳
1999年11月6日に京都競馬場でデビューした。この時は2着だったが、2戦目の折り返しの新馬戦に勝利、1勝馬の身で朝日杯3歳ステークスに出走した。レースでは2番手から抜け出した1番人気の公営・笠松所属馬のレジェンドハンターを中団から差し切り、1分34秒7のタイムで優勝、同年のJRA賞最優秀3歳牡馬(旧称。現在のJRA賞最優秀2歳牡馬)を受賞した。
[編集] 3歳
2000年は初距離となる芝1800mのきさらぎ賞で始動、1番人気に支持されるが、8着に敗れた。しかし、マイル戦に戻ったアーリントンカップとニュージーランドトロフィー4歳ステークスを連勝し、目標としていたNHKマイルカップに出走する予定であったが、レース前に骨折が判明し、半年の休養を余儀なくされた。
骨折が完治し、秋のスワンステークスで復帰、ほぼ最後方からのレースで上がり最速を出して6着に追い込み、得意のマイル戦となるマイルチャンピオンシップで4番人気に支持されるが、5着に終わった。
[編集] 4歳
2001年は京都金杯から始動するが、14着に惨敗。ここで、陣営はダートを試してみることにし、根岸ステークスに出走した。しかし、ここでも12着と再び惨敗、11着馬からも6馬身離される大敗であった。その後も中山記念5着、ダービー卿チャレンジトロフィー2着、京王杯スプリングカップ6着、安田記念10着と苦戦するが、そのまま続戦し、米子ステークスで1年2ヶ月ぶりに勝利を挙げた。その後も北九州記念で1年3ヶ月ぶりの重賞制覇、関屋記念では3着、毎日王冠ではゴール前5頭の接戦を制して勝利し、マイルチャンピオンシップもゼンノエルシドから0.1秒差の2着と堅実な走りを続けた。
その後、年末の香港で行われる香港マイルに出走し、同馬は6番人気であったが、中段から鋭く伸びて2着に0.5秒差をつけて優勝、海外G1初制覇となった。香港マイルでの同馬の走りは高く評価され、国際クラシフィケーションのマイル部門では、サイレンススズカとタイキシャトルが受けた122ポンドを超えて、日本調教馬として最高値となる123ポンドのレートが与えられた。この年の香港国際競走では、同日の香港ヴァーズをステイゴールドが、香港カップはアグネスデジタルが勝っており、日本調教馬が1日で3勝する活躍であった。
[編集] 5歳
2002年は中山記念から始動。60キロを背負い5着に敗れるが、再びアグネスデジタルと共に香港に渡りクイーンエリザベス2世カップに出走、2番人気と3番人気であったが、アグネスデジタルを破り日本馬ワンツーを決めた。しかし安田記念では5着、秋に入って連覇を狙った毎日王冠では2着、天皇賞・秋では8着、マイルチャンピオンシップではトウカイポイントにクビ差およばずの2着と日本国内では結果が出ず、年末は香港に渡り、今度は香港カップに出走したが内で終始包まれて抜け出せず、脚を余して5着に敗れた。
[編集] 6歳
2003年は斤量などの問題で適鞍がなく、中山ダート1800Mで行われたフェブラリーステークスから始動するが、勝ったゴールドアリュールから6秒2差、前の馬からも大差で離されるレースでシンガリ負けとなり、4歳時の根岸ステークス同様、ダート適性の無さを見せた。その後、香港のクイーンエリザベス2世カップ連覇を目指すが、社会的に問題となっていたSARSの感染拡大により、香港にも渡航自粛勧告が出されるなど遠征が危ぶまれたが、無事に遠征し出走、1番人気に推され連覇を達成した。
しかし、その後休養に入った。秋に復帰するも毎日王冠3着、天皇賞・秋5着と結果が出ず、香港カップに出走するも7着に敗れた。このレースを最後に引退となった。
[編集] 競走成績
- 2歳時(1999年) - 3戦2勝
- 朝日杯3歳ステークス(JRA-GI)
- 3歳時(2000年) - 5戦2勝
- ニュージーランドトロフィー4歳ステークス(JRA-GII)、アーリントンカップ(JRA-GIII)
- 4歳時(2001年) - 12戦4勝
- 香港マイル(国際G1)、毎日王冠(国際GII)、北九州記念(JRA-GIII)、マイルチャンピオンシップ(JRA-GI)2着
- 5歳時(2002年) - 7戦1勝
- クイーンエリザベス2世カップ(国際G1)、マイルチャンピオンシップ(JRA-GI)2着
- 6歳時(2003年) - 5戦1勝
- クイーンエリザベス2世カップ(国際G1)
通算JRA27戦7勝・香港5戦3勝
[編集] 種牡馬時代
- 2004年より種牡馬として、北海道静内町のレックススタッドで繁養され、48頭に種付けを行った。
- 2005年、ファーストクロップとなる産駒が誕生した。
- 2007年、7月22日に小倉競馬場で行われた2歳新馬戦でエーシンプリリードが勝利し、この勝利が中央・地方を通じた産駒の初勝利となった。
- 2009年より栄進牧場にて繁養される。
| エイシンプレストンの血統 (ニジンスキー系/Northern Dancer3×4=18.75%) | |||
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父
Green Dancer 1972 鹿毛 |
Nijinsky 1967 鹿毛 |
Northern Dancer | Nearctic |
| Natalma | |||
| Flaming Page | Bull Page | ||
| Flaring Top | |||
| Green Valley 1967 黒鹿毛 |
Val de Loir | Vieux Manoir | |
| Vali | |||
| Sly Pola | Spy Song | ||
| Ampola | |||
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母
Warranty Applied 1986 栗毛 |
Monteverdi 1977 栗毛 |
Lyphard | Northern Dancer |
| Goofed | |||
| Janina | Match | ||
| Jennifer | |||
| Implied Warranty 1979 栗毛 |
Blood Royal | Ribot | |
| Natashka | |||
| Garden Fresh | Better Self | ||
| Rosy Fingered F-No.3 | |||
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