エイゲニア・ティス・エラザス

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ギリシャ王女エイゲニア、幼少の頃

エイゲニア・ティス・エラザス・ケ・ザニアス(Ευγενία της Ελλάδας και Δανίας, 1910年2月10日 - 1989年10月15日)は、ギリシャの王族。ゲオルギオス1世の次男ゲオルギオス王子とその妻で精神分析学者のマリー・ボナパルトとのあいだに生まれた長女で、デンマーク王女およびギリシャ王女の称号を有した。

1938年、ポーランド貴族のドミニク・ラジヴィウ公(オーストリア大公カール・シュテファンの外孫)と結婚し、タティアナ(1939年 - )、イェジ(1942年 - 2001年)の2人の子供をもうけたが、1946年に離婚した。また1949年にトゥルン・ウント・タクシス家ドイツ語版の一員であるイタリア貴族のカステル・ドゥイノ公ライモンド・デッラ・トッレ・エ・タッソと再婚し、息子カルロ・アレッサンドロ(1952年 - )をもうけたが、1967年に離婚した。