エアフルト事件

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エアフルト事件
Erfurt massacre
現場にある事件について記されたプレート
場所 ドイツ連邦共和国テューリンゲン州エアフルト
日付 2002年4月26日
標的 教師
攻撃手段 銃撃
武器 リボルバー、短散弾銃
死亡者 17人(犯人を含む)
負傷者 6人
犯人 元生徒
動機 自分を退学にした教師への恨み

エアフルト事件(えあふるとじけん)は、ドイツ連邦共和国テューリンゲン州の州都エアフルト2002年4月26日に発生した大量殺人事件である。死者17人、負傷者6人を出し、ドイツでは第二次世界大戦以降最大の民間人殺戮となった。

犯人の少年は裕福で問題のない家庭に育ったが、コンピュータゲームに耽溺し通っていた高校では問題行動のために退学になっていた。このことから教師を恨み、2002年4月26日の午前11時ごろに短散弾銃とリボルバーで武装し目だし帽をつけてかつての母校へ向かった。そこで教室を移動しながら教師13人、生徒2人、駆けつけた警官1人を射殺した。その後、鉢合わせした教師の前で 目だし帽を脱いで素顔を見せている。少年を知っていた教師は「自分を撃て」と言ったが、少年は「先生、今日はもう充分です」と答えた。教師は少年を空き部屋に閉じ込めて鍵をかけ、直後に彼は自殺した。

死体解剖では薬物もアルコールも検出されなかったが、彼の部屋からはアメリカの大量殺人事件に関する資料が見つかった。

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