ウルリケ・マインホフ
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ウルリケ・マリー・マインホフ(Ulrike Marie Meinhof、1934年10月7日 - 1976年5月9日)は、西ドイツのテロリスト、ジャーナリスト。ドイツ赤軍の創設者、指導者の一人。
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プロフィール [編集]
ジャーナリスト [編集]
オルデンブルク出身。父は美術評論家であった。幼少期に両親を亡くし、母親の友人で社会主義者の女性大学教授に育てられる。マールブルク大学、次いでミュンスター大学に学び、核兵器反対運動等で学生闘士として注目される。
ピルや中絶などを取り扱う左翼的な雑誌「コンクレット」誌の記者となり、彼女の記事は評判となった。1961年、同誌の編集長クラウス・レールと結婚、翌年二児をもうけたが、後に離婚。
テロリスト [編集]
1968年にアンドレアス・バーダー、グドルン・エンスリンが率いる極左地下組織「バーダー・マインホフ・グルッペ」(後にドイツ赤軍と改称)に参加しテロリストになった。1972年に仲間とともに逮捕され、シュトゥットガルトのシュタムハイム刑務所に収監される。1976年に獄中で首吊り自殺をした。