ウッディ・ジョンソン

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揚陸艦ニューヨーク上のジョンソン(左)

ウッディ・ジョンソン(Woody Johnson 1947年4月12日- )はニュージャージー州ニューブランズウィック出身の実業家。慈善事業家[1]ジョンソン・エンド・ジョンソンを設立したジョンソン三兄弟の一人の曾孫[2]。現在、NFLニューヨーク・ジェッツのオーナー。

経歴[編集]

ジョンソン・エンド・ジョンソンの会長を後に務めるロバート・ウッド・ジョンソン3世の子として5人兄弟の1人として生まれた。ミルブルック・スクール英語版アリゾナ大学を卒業した。外交問題評議会の一員でもある。

2000年1月11日にニューヨーク・ジェッツを6億3500万ドルという当時アメリカのプロスポーツ史上3番目となる高額で買収した。これは多くのアナリストが予想した額よりも1億ドル高い金額であり、1996年の1勝15敗という成績から再建途上にあること、少ない収入しか見込めないジャイアンツ・スタジアムを賃貸している状況で2億5000万ドル程度の価値しかないとも報道された[2]

球団買収後、彼はウェストサイド・スタジアム英語版の建設に向けて尽力したが2005年7月6日の国際オリンピック委員会総会でニューヨーク市が2012年オリンピックの招致に敗れたため計画は頓挫した。その後彼はメドウランズ・スタジアムの建設と移転計画を発表、2010年シーズンよりニューヨーク・ジャイアンツとともにチームは移った。スタジアムでの初の公式戦開催権はコイントスで行われその結果、ジャイアンツが最初の公式戦、ジェッツは翌日のマンデーナイトフットボールでの開催となった。コイントスの際に両チームの関係者が同席出来なかったことについて彼は不満をもらした[3]

2012年11月、ハリケーン・サンディの被害者支援にジェッツが50万ドルの寄付をすること、感謝祭の試合でもサポートを行うつもりであることを表明した[4]

家族[編集]

1977年に元ファッションモデルのセイルと結婚し、3人の子供をもうけたが2002年に離婚、彼女は元NFL選手でスポーツキャスターのアマド・ラシャドと再婚した[5]。娘のケイシー・ジョンソンは2011年1月4日に糖尿病性ケトアシドーシスで亡くなっている[6]

2009年に元女優と再婚し2人の間にも2人の子供がいる。

政治スタンス[編集]

共和党支持者であり2000年大統領選挙ではジョージ・W・ブッシュ[7]2008年大統領選挙ではジョン・マケインを支持しミネソタ州で行われた共和党全国大会では最大の資金援助を行っている[8]

慈善事業[編集]

これまでに、若年糖尿病基金会長、皮膚結核研究連合会長、ロバート・ウッド・ジョンソン・ 慈善信託の管財人などを務めている[9]

脚注[編集]

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  1. ^ アメリカンボウル来日チーム情報”. NFL JAPAN (2003年). 2011年4月23日閲覧。
  2. ^ a b The Jets Fill One Opening: New Owner at $635 Million 1/4”. ニューヨーク・タイムズ (2000年1月12日). 2011年4月23日閲覧。
  3. ^ NY新スタジアム開幕戦、ジャイアンツとジェッツ両方で開催”. NFL JAPAN (2010年3月16日). 2011年4月23日閲覧。
  4. ^ ジェッツ、寄付と感謝祭ゲームで「サンディ」被災者支援”. NFL JAPAN (2011年11月9日). 2012年11月11日閲覧。
  5. ^ Sale Johnson and Ahmad Rashad Get Married Monday”. トランスワールドニュース (2007年11月20日). 2011年4月23日閲覧。
  6. ^ 娘の死と栄光への道、「2つの世界にいた」ジェッツ・オーナー”. NFL JAPAN (2010年1月22日). 2011年4月23日閲覧。
  7. ^ The Jets Fill One Opening: New Owner at $635 Million 2/4”. ニューヨーク・タイムズ (2000年1月12日). 2011年4月23日閲覧。
  8. ^ Convention Limelight Shines on a Big Donor”. ニューヨーク・タイムズ (2008年9月4日). 2011年4月23日閲覧。
  9. ^ ジェッツに新時代をもたらすジョンソン・オーナー就任の承認”. NFL JAPAN (2000年3月30日). 2012年10月20日閲覧。

外部リンク[編集]