ウッチュ
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ウーチュ(ウルドゥー語: اوچ,英語: Uch)は、パキスタン・パンジャーブ州に位置する小都市である。ウッチュは、バハーワルプールから75Km西に位置し、「パンジャーブ地方におけるアレクサンドリア」と呼ばれるほど古い歴史のある街である。かつてインダス川とシハーブ川の合流地点であったが、両河川の合流地点は現在ウッチュから13Km離れたところへと移動している。
ウッチュの重要性が増すのは中世になってからのことである。13世紀に多くのスーフィーが中央アジアからウッチュへ集まり、彼らはデリー・スルタン朝と深い結びつきを持っていた。
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[編集] 歴史
一説には、紀元前325年にアレクサンドロス3世がこの土地に「アレクサンドリア」を建設したのが始まりとされる[1]。しかし、パキスタン大使館は、アレクサンドロスの建設以前の紀元前500年にはジャイナ教徒と仏教徒がこの土地を支配していたと公的に発表している[2]。
710年、ムハンマド・イブン・カースィムがインド支配を開始するとこの地方にもイスラームが広がった。その結果、ウッチュは南アジアにおけるイスラーム研究の中心となった。
[編集] 建築物
13世紀に多くのスーフィーが中央アジアから移動してきたこともあり、ウーチュにはいくつか聖者廟(ダルガー)が残されている。
- ジャラールッディーン・スルフポーシュ・ブハーリー(en)のダルガー - ビービー・ジャヴィンディーのダルガーの近くに位置する。ジャラールッディーン・スルフポーシュ・ブハーリー(1177年-1272年)は12世紀後半から13世紀にかけて活躍したスーフィーであり、ウーチュに現存するダルガーとしては最古のもの。
- ジャハーニヤーン・ジャハーンガシュトのダルガー - ジャハーニヤーン・ジャハーンガシュトとは「世界を旅する者」を意味し、ブハーリーの孫ハズラト・ジャラールッディーン・ブハーリー(1303年-1383年)のこと。このダルガーの西壁にはバグダードからやってきたと伝えられている文字版がはめ込まれている。
- ビービー・ジャヴィンディーのダルガー - 1494年に建設され、ウーチュに残るダルガーの中で最も新しい。19世紀の洪水により裏側半分が破壊されている。
また、これら3つのダルガーは2004年にUNESCOの暫定遺産リストに登録された[3]。
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
- : the complete website on uchsharif
- Uch Sharif : New Photographs on Uch Sharif
- Uch : A detailed photographic description of all famous places of Uch Sharif
- Shrine of Bibi Jawindi, Uch Sharif
- UNESCO World Heritage Foundation - Tomb of Bibi Jawindi, Baha'al-Halim and Ustead and the Tomb and Mosque of Jalaluddin Bukhari
- Photographs
- Bibi Jawindi Tomb-ArchNet
- Livius Uch Picture Archive
- Tourism
- Pictures - Tomb of Bibi Jawindi
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