ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!
| ウッチャンナンチャンの やるならやらねば! |
|
|---|---|
| ジャンル | バラエティ番組 |
| 放送時間 | 土曜日20:00 - 20:54(54分) |
| 放送期間 | 1990年10月13日 - 1993年6月26日 |
| 放送国 | |
| 制作局 | フジテレビ |
| 製作総指揮 | 佐藤義和(制作) |
| 演出 | 永峰明 |
| プロデューサー | 佐藤義和、吉田正樹 |
| 出演者 | ウッチャンナンチャン (内村光良、南原清隆)ほか 主な出演者を参照 |
| オープニング | 作曲:川崎真弘→篠田元一 |
| エンディング | 主題歌を参照 |
『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』は、フジテレビ系列で1990年10月13日から1993年6月26日まで放送されたお笑いバラエティ番組で、ウッチャンナンチャンの冠番組。放送時間は毎週土曜日の20:00 - 20:54(JST)。略称は「やるやら」。
目次 |
[編集] 概要
1990年4月から半年間放送された『ウッチャンナンチャンの誰かがやらねば!』の好評を受けて開始した。内村光良と南原清隆以下、前番組のレギュラーやコーナーが引き継がれ、コントを中心に構成。多くの名物キャラクターが生まれ、子どもから若者までに人気を博した。キャラクター名義でのCD発売や、「ナン魔くん」と「やるやらクエスト」の『コミックボンボン』誌での漫画化など、大々的なメディアミックス展開が行われたことでも知られる。
放送当時、バブル景気がはじけ始め、当時の日本は何とかバブル景気を維持しようと、大量消費をしていた時代であったため、映画、ドラマのパロディ1本にも何百、何千万もの制作費を惜しみなく使い、忠実なものにしようとしたため、セットはたいそう豪華なもので映画好きの内村は気に入っていたという。
[編集] 番組終了の原因と影響とその後
- 1993年6月24日 - 未明、フジテレビ第4スタジオで人気コーナー「やるやらクエストII」の収録中、ゲストとして参加していた香港のロックバンドBEYONDのメンバー黄家駒がセットから転落、頭部を強打して重体(急性硬膜下出血、頭蓋骨骨折、脳挫傷)になる事故が発生した(因みに内村も転落して全治2週間の打撲傷を負った)。直後に、東京女子医科大学病院に搬送された。
- 6月26日 - 番組冒頭「先日番組収録中に事故があり、皆様にご心配をおかけしましたことをおわび申し上げます。負傷されたウォン・ガークゥイさんの一日も早い回復をお祈り申し上げます。」とのテロップを表示し通常通り放送。番組の最後に内村が「来週のやるやらはまたナイターでお休みでございます。再来週7月10日にお会いいたしましょう。」と予告。
- 6月30日 - 16時15分、黄家駒が収容先の病院で死亡する。夜にフジテレビ編成局長の村上光一(当時)が緊急記者会見、番組の今後について「当面、放送自体が野球ですとかJリーグですとか、24時間テレビといったようなことで、たまたま休みが入りましたので、その間にしかるべき結論を出したいという風に思っています。 」と発言。
- 7月1日 - フジテレビの記者会見で番組の打ち切りが正式に決定。『タイム3』で詳細を公表した。
- 7月3日 - ナイターが雨で中止となるも「やるやら」は放送されず。代わりに峰竜太、中山秀征、鷲見利恵司会でジャパンプロデュース製作の特番がOAされる。
- 7月10日 - 土曜特番『フジテレビ人気番組の最終回全部見せますスペシャル』の冒頭でフジテレビアナウンサー露木茂(当時)と女子アナにより、番組打ち切りの経緯が数分間放送された。
- 1994年4月11日 - 同一スタッフによる事実上の後継番組として『ゲッパチ!UN アワーありがとやんした!?』を月曜20時に放送開始。
- 影響
- この事故を受け、フジテレビ(河田町)屋上での一切の収録が禁止され、さらには予定されていた番組メモリアルCDの発売も中止という事態にまで発展した。そのCDには平松愛理の書下ろしによるオリジナル曲が収録される予定であったが、発売中止によって曲はいまだに日の目を見ていない。その後被害者側への賠償問題などを経て数か月後(1993年12月)、コーナーの収録に携わった番組のプロデューサー以下スタッフ数名が書類送検(後日、不起訴)となり、ウッチャンナンチャンの2人による謝罪の記者会見が行われたことで事件は収束した。この河田町のスタジオは、その4年後に撤収される(お台場に移転のため)。
- この一件についてダウンタウンの松本人志は自身の著書の中で、「ウンナンもスタッフも番組を面白くするために必死に頑張った。そこはきちんと認めてあげなきゃいけない。」と擁護し、「(その後の謝罪会見やバッシングなど)ウンナンだけに責任を押し付けようとしたマスコミや偉い人にも責任がある。」と述べている。
- その後
- 死亡事故による打ち切りという不本意な幕切れとなった番組だが、その存在が封印されることはなく、同局の過去に放送された番組を振り返る番組や、ウンナンが出演するバラエティ番組(前述の『ありがとやんした!?』や『笑う犬』)では番組の映像を交えて紹介されることがある。近年では、2009年10月10日放送のフジテレビ50周年記念特番『記録よりも記憶に残るフジテレビの笑う50年 〜めちゃ×2オボえてるッ!〜』でも当番組が紹介された。また、2009年12月25日には、『ウッチャンナンチャンのやるやらフォーエバー』として、DVDボックスが発売された。そして、2009年12月23日に実に16年半ぶりに特番(南原曰く宣伝)としてハイビジョン制作で放送された。このとき、過去の思いでなどをちはると語った。
- 1998年から始まった『笑う犬の生活』のサブタイトルには「YARANEVA!!」と付けられている。その背景には、不慮の事故で終わってしまったこの番組への、出演者・スタッフの想いがある。このサブタイトルは、相方の南原に許可を貰って、内村が付けたものである。
[編集] 主なコーナー
[編集] コーナードラマ
- ナン魔くん
- 小学生のナン魔くん(南原)と使い魔メフィスト(名古屋章)が、悪玉マモー(内村)・ミモー(ちはる)【後期からは・ムモー(小倉久寛 )】が遣わす手下の妖怪(内村)と戦う。水木しげる原作の漫画『悪魔くん』のパロディ。マモーは劇場映画『ルパン三世 ルパンVS複製人間』からの引用。「恐怖のズンドコ」「ちがーう!」が口癖で、ミモーとともに人気キャラクターとなった。マモー・ミモーは西城秀樹『情熱の嵐』のタイトルをパロディにしたシングル『マモー・ミモー野望のテーマ 〜情熱の嵐〜』を発売した。コミックボンボンで『天空の勇者 ナン魔クエスト』と題し漫画連載も行われた。
- 最終回は前編・後編であったが、当時映画「七人のおたく」の撮影などで、忙しくなっていたウッチャンナンチャンのスケジュールの確保と他のコーナーの編集と放送の絡みで、2週間後に最終回の後編を放送した。後編は全編1時間スペシャルで、実はマモーがナン魔くんの父親で、銀河皇帝プリプリ(内村)の部下だった、という映画『スター・ウォーズ』シリーズを思わせる幕引きとなった。なお、コーナー内で起こったハプニングにより「マモーくん」、戸田研一郎の「トダーくん」というタイトルになったことが一度あった。「もう一つの蒲田行進曲」など秀逸なパロディの回もあった。
- ハイスクールナン魔くん
- 「ナン魔くん」の続編。中盤ではナン魔くんが時間旅行をしさまざまな時代へ飛ばされ、タイトルも「ハイスクールナン魔くんオーバー・ザ・トップ」や「ナン魔くんのレッド・サン」などと毎回変わった。番組打ち切りのため未完。
- スーパー2
- アメリカのアニメ『スーパースリー』のパロディ。オカマキャラのチェン(内村)と若ハゲキャラのナンチャキ(南原)の2人は普段ホットドッグスという音楽グループで活動しており、そのボーカルであるチェリー小泉(小泉今日子)の正体は怪盗キョンキョン。「ナン魔くん」の最終回に登場した皇帝プリプリも登場した。
- ウチムラセブン
- 『ウルトラセブン』のパロディ。ウチムラ警備隊のモノホシラン隊員(内村)がウチムラセブンに変身し、怪獣と戦う。本家『ウルトラセブン』で主演を務めた森次晃嗣が、オネエ口調のキリカブ隊長役で出演した。番組打ち切りにより未完。また、別番組ではあるが、『ウチムラ7』で名称復活。
- やるやらクエスト→やるやらクエストII
- テレビゲーム『ドラゴンクエスト』のパロディ。大掛かりなセットを組んだゲームコーナーを中心とし、演者が身体を張ったアクションを繰り広げる。魔王ジャマー(渡辺正行)とその子分コジャマー(小宮孝泰)によって連れ去られたサーエ姫(一色紗英)を救出するため、主人公である勇者ナンバーラ(南原清隆)とその仲間である戦士チャチャ(勝俣州和)と僧侶デガワ(出川哲朗)と遊び人マキノ(内村光良)が冒険に挑む物語。続編である『やるやらクエストII』(主人公は同じく南原が演じるバラナン)の収録中に香港のロックバンドBEYONDのメンバーが転落事故で死亡したため、番組自体が打ち切りとなった。
[編集] テレビドラマのパロディ
『やるやら』では同局のテレビドラマパロディがしばしば行われ、内村扮する武田鉄矢や南原扮する浅野温子など、なりきりぶりが評判となった。
- また、実際のドラマで登場する一部の俳優、タレント等も出演
- 約101回目のプロポーズ(『101回目のプロポーズ』)
- もっと素顔のままで(『素顔のままで』)
- もうひとつ屋根の下(『ひとつ屋根の下』)
- ふぞろいの林檎たちに愛をこめて(『ふぞろいの林檎たち』)
- ずっとあなたが好きだったスペシャル(『ずっとあなたが好きだった』)
- 女は度胸スペシャル(『おんなは度胸』)
- ふたたび振り返れば奴がいる(『振り返れば奴がいる』)
- 世にも微妙な物語(『世にも奇妙な物語』[1])
- もうひとつの並木家の人々(『並木家の人々』)
- LIGHT HEAD(『NIGHT HEAD』)
[編集] その他
- クイズよし!わかった!
- 大坪千夏アナウンサー司会のクイズコーナー。「ナンチャンを探せ!」は『誰かがやらねば』時代からの人気コーナーで、街中の風景に変装した南原が溶け込み、映像のどこに南原が隠れているかを当てるクイズで、絵本『ウォーリーをさがせ!』が元ネタ。色白の内村が街中の白いものに紛れる「ウッチャンを探せ!」や、出川哲朗が危険な状況で物に扮する「テッチャンを探せ!」という発展形も生まれた。前述のように、バブル崩壊時であったため、新宿の大通り、六本木アマンド前他撮影に多くの許可を取る所にロケに出たり、大規模な特殊メイクを用いた。特番時は、大規模なロケを慣行。南原の大仕掛けに驚かされた。ほかに「ウッチャンの3つのマチガイ」など。
- コケる男
- 内村演じる気弱な男が様々なシチュエーションに登場するが、うまく事が運ばずに自分への嫌悪感が極に達した時、そこら中にぶっ倒れながら、セットをぶち壊していく。番組のオープニングに登場し、男を止める役として南原が現れ「始まるよ〜」と言うのが定番になっていた。「コケる男」という名称が付いたのは後になってから。笑う犬シリーズでも似たようなコントがある。
- 加納さんの屈辱
- 深夜番組『カノッサの屈辱』のパロディ。内村扮する若仲谷昇(元ネタ・仲谷昇)の講義中、正体不明の中年男・加納さん(南原)が邪魔をする。加納さんの茶々を笑いをこらえながら淡々と進行する内村が見物だった。加納さんは「いいんじゃないっスか」「つきぬけろ〜」が口癖。若仲谷は毎回ラストで「来週までにレポートを原稿用紙○百枚以内にまとめて提出しなさい。」と言っていた。加納さん名義の『加納さんのいいんじゃないっスか』というシングルCDも発売された。
- 加山雄三ショー(くわやまゆうぞうショー)
- 『君といつまでも』しか歌えず、ギターも全く弾けない南原扮する加山雄三(くわやまゆうぞう)が、司会役の内村を相手に、明らかに合成と分かる若大将シリーズのポスターを見せたりしながら自慢話をするコーナー。バックバンドとしてザ・ワイルドワンズも出演。
- 本物の加山雄三がサプライズゲストとして出演した際には、南原は素で驚き、本物の加山に「くわやま君とはデビュー以来親友だったんだよ」となだめられたが、気持ちを整理できず苦笑いするのみだった。
- クイズ5、6人に聞きました
- 『クイズ100人に聞きました』のパロディ。内村扮する関ロ宏(「せきろひろし」または「せっきぐちひろし」)が司会・進行役。屋根裏のアナウンサーは境鶴丸(フジテレビアナウンサー)。本家との相違点は答えの数が4・5個であり、解答席の高さが低く、トラベルチャンスがなかった。くわやま一家チーム(南原、一色紗英、佐々木すみ江ほか)、内海桂子・好江チームらが対戦。くわやまチームは全員服装が同じで、全員で答えをタウンページで調べるという、加山雄三が出演したCMに由来するギャグもあった。一度だけ関口宏本人がなんとゲリラで登場し、司会を務めた。さらには最終問題で桂子・好江チームに加わり解答席に立った。関口が内村扮する関ロに対して出題中に行うひじを付く姿勢と司会進行ぶりとカツラ等のダメ出しを行った事はあまりにも有名[2]。また、ナレーションも本家の橋本テツヤが登場した。その後、1992年2月17日の本家「100人に聞きました」の放送にレギュラー出演者(ウンナン、ちはる、神田利則、名古屋章)が出場し、『関口宏のサンデーモーニング』チームと対決。見事勝利し、ハワイ旅行1人分獲得した。
- NJ(ナンチャン・ジャーナル)
- 奮立伊知郎(内村)、くわやま雄三(南原)、加藤紀子が司会。音楽番組『MJ -MUSIC JOURNAL-』のパロディ。
- 子丑虎卯辰巳琢郎(ねうしとらうたつみたくろう)のくいしん坊!万々歳
- 辰巳琢郎が出演していたミニ番組『くいしん坊!万才』のパロディ。
- 親方とサブのカ~ッチョイイ~
- 大工の親方(南原)とその弟子のサブ(内村)が毎回あらゆる難題に挑戦。成功すると「マイムマイム」の音楽に乗って踊りだし相手が「カ~ッチョイイ~!」と誉めるというもの。後に小サブ(奥山佳恵)、さらにサブコ(加藤紀子)が参加、タイトルも「親方・サブ・小サブのカ~ッチョイイ~」になる。
- 異種格闘技戦・格闘王への道
- プロレスラーのビューティー南原(南原)と、キックボクサースタイルのボボ出川(出川哲朗)によるタッグチーム「ビューティフル・サンデーズ」が、本物のプロレスラーと一発ギャグや椅子取りゲームなどで対戦するコーナー。しかし判定を巡り猛抗議になり、プロレスラー側がキレて南原、出川にプロレス技(主にその選手の必殺技)を掛け結局没収試合、無効試合になりビューティフルサンデーズの反則勝ちになる。そのうち、出川のキャラが迷走し、ボボ出川を技を喰らい死んでしまい、次回からは相撲スタイルのアケボボ等いろんなキャラになる。実況を志生野温夫、解説を内村光良が担当した(ほかにレフェリー役として入江雅人が参加)。アントニオ猪木など大物も出演した。
- CHAKE&YASKA 栄光の軌跡(チャケアンドヤスカ えいこうのきせき)
- 南原がCHAGEに似ているところから始まった、南原がCHAKE、内村がYASKAを演じるCHAGE and ASKA公認の物真似コント。歌い方を忘れたYASKAに対し、CHAKEがさまざまな道具を使って歌唱指導する。南原の微妙な博多弁がポイント。1992年5月12日に福岡国際センターで開催されたCHAGE and ASKAのコンサートにも登場し、ファンを沸かせた。なお、内村扮するASKAも激似であり、「2人はこのコントをするために生まれた」と言われたほどである。
- トニー南原の出張メイク
- メイクアップアーティストのトニー南原(南原)が一般企業などを訪れ、女性に奇抜なメイクを施す。トニー・タナカが元ネタで、トニー本人とメイク対決をした回もあった。
- 北神田三郎のニュー演歌流れ旅
- 北神田三郎(神田利則)が流しの演歌歌手として巡業するコント。師匠の鬼ヶ島三十郎(内村)とともに演歌『涙の停車場』を歌う。『涙の停車場』は実際にシングル発売された。内村が最も好きなコントであったが、あまりにマニアックすぎた為、人気はなかった。後に『内村プロデュース』内の「笑わせ王」のコーナーで久々に復活した。
- ハエ男
- さまざまなシチュエーションに現れるハエ男(内村)のコント。森高千里がテーマソング『ハエ男』を担当した。
- FNN NEWSCOM SPECIAL
- ニュース番組『FNN NEWSCOM』のパロディ。
- 土曜ワイドスペシャルスペシャル・ドリフ大爆笑
- 『火曜ワイドスペシャル・ドリフ大爆笑』のパロディ。
- おかあさんといっしょスペシャル
- 子ども番組『おかあさんといっしょ』のパロディー
- 非教育番組でっきるかな?
- 子ども番組『できるかな』のパロディー
[編集] 人気キャラクター
『やるやら』からは数々の人気キャラクターが生まれ、不特定のコーナーに登場した。
- 満腹 太(まんぷく ふとる、内村)
- ハンバーガーが好物の中学生。「勝手だね」が口癖。富裕層で拝金主義者。コント「くいしん坊がゆく」や、映画『さびしんぼう』や『小さな恋のメロディ』、『スタンドバイミー』のパロディコントで主役を務めた。ジャーナリスト木村太郎の息子という設定。
- 九州 男児(きゅうしゅう だんじ、内村)
- 『誰やら』の阿蘇山燃太郎が原型。ほっぺは赤く、恰幅がよい早大生。モヒカン狩りで「どっすんどすどす」(歩く際の擬音)と言いながら登場し、熊本弁を話す。前期は九州と東京のギャップのコント。後期は全国の女性を求め、旅をする。
- ドンナトキモ槇原(内村)
- 槇原敬之の物真似。槇原を思い切りでデフォルメしたメイクで『どんなときも。』をキーボードで演奏するふりをする。歌は口パクで基本的に喋らない。内村が槇原本人と対面したときは「いつも見てますよ」と笑って許してくれたらしい。キャラクターを作りこみ過ぎて、原型を留めない異様な雰囲気を醸し出していたため、共演者には本気で気持ち悪がられ、笑ってもらえなかった。後に単発番組『ウチムラ7』で復活し、その時は『世界に一つだけの花』が演奏された。
- コーちゃん(内村)
- 「伝説の○○」という肩書きで毎回あらゆるコントに突然現れては去っていくスケベなキャラクター。妖怪子泣き爺がモデル。
- 南原 パンツ郎(みなみはら ぱんつろう、南原)
- ブリーフの上から海パンを履いた状態で登場。「パンツ大作戦」と称しフリチンにならぬよう着替えようとするが、毎回イナリをはみ出させてしまう。
- 命 影郎(いのち かげろう、内村)
- 古典の名作『蜻蛉日記』から。昆虫の蜻蛉のごとく極端な虚弱体質である。カメラの前などで息絶えては息を吹き返すことを繰り返す。前身『誰やら』からのキャラクターであり、妹の「命 わずか」・弟の「命 無蔵(いのち ないぞう)」も登場した。
- 殺し屋 レーベン(南原)
- 暗殺武器を手にカメラ目線で「説明しよう!」と解説するが、結局は自分自身を傷つけてしまう。基本的には一人芝居、一人ノリツッコミを繰り返すキャラ。ほとんどがリハーサルなしのぶっつけ本番で行われており、南原には内緒で武器にスタッフがさまざまな仕掛けがしてあり、素で徐々に追い詰められていく南原が一つの見物。内村をはじめ、ちはるや入江雅人などがお気に入りキャラとして上げている。映画『ストリート・オブ・ファイヤー』の敵役「レイヴェン」がモデル。
この他に、追っかけギャル(内村)、小夏(南原)、ロシア人夫婦(内村とピンクの電話の竹内都子)などが登場した。
上記のうち、後継番組の『ありがとやんした』のコントの中で、コーちゃん(1年ぶり)と南原パンツ郎(2年ぶり)は再登場した。
[編集] 主な出演者
- ウッチャンナンチャン(内村光良、南原清隆)
- 出川哲朗
- 勝俣州和(CHA-CHA→K2(いずれも当時))
- 石原良純(石原軍団(当時))
- 不破万作(石原と「ヨッチャンマンチャン」というコンビを組んだこともあった)
- 入江雅人
- 神田利則
- ちはる
- 桜井幸子
- 田中美奈子
- 沢弥かな
- 中村ゆう子
- 戸田研一郎(現・研音代表)
- 名古屋章
- 菅井きん
- 佐藤蛾次郎
- 佐々木すみ江
- 高橋ひとみ
- 小倉久寛
- ピンクの電話[3](清水美子、竹内都子)
- 藤波辰爾
- 獣神サンダー・ライガー
- 武藤敬司
- 蝶野正洋
- 橋本真也
- アジャコング
- バイソン木村
- 一色紗英
- 渡辺正行[3][4](コント赤信号)
- 小宮孝泰[3](コント赤信号)
- 関根勤
- ダチョウ倶楽部(肥後克広、寺門ジモン、上島竜兵)
- 大沢健
- 水野美紀
- 河内家菊水丸
- なべやかん
- 清水圭
- 佐藤忠志
- 藤岡重慶
- 森次晃嗣
- 直江喜一
- 大坪千夏(当時フジテレビアナウンサー)
[編集] スタッフ
- 構成:廣岡豊、清水東、藤井青銅、井上知幸、内村宏幸 / 伊藤正宏、中野俊成、宮川賢、植竹英次、白崎和彦、佐野晃、川野孝弘、高橋裕幸、竜泉 / 内村光良、南原清隆
- 構成協力:関口和之
- 音楽:重村正道
- タイトル音楽:川崎真弘(初期)、篠田元一(第2期)
- 美術プロデューサー:鈴木武治、永本充
- セットデザイン:水上啓光
- 美術進行:小野秀樹、古賀飛
- 大道具:原田和久
- 装飾:上原康生、畠田和良
- 持道具:栗原美智代
- 衣裳:石井久美子
- スタイリスト:大江宏明
- メイク:牧瀬典子、柴田利恵
- かつら:太田修
- 電飾:昌山真也、谷口雅彦
- アクリル装飾:川島正義
- 視覚効果:中溝雅彦
- ぬいぐるみ:佐藤むさく
- タイトル:岩崎光明
- CG:岩下みどり、大村卓
- CG協力:秋山貴彦・浅野秀二(リンクス)
- TD・SW:島本健司
- カメラ:中島浩司
- VE:水野博道、塚本修
- 音声:石井俊二
- PA:姫野義和
- 照明:春日叔之、根建勝広
- 音響効果:志田博英、笠松広司
- VTR編集:石附順一、菅野邦大
- ペイント:大沢宏次郎、後藤和夫
- MA:植松巌、円城寺暁
- 広報:山本政己
- スチルカメラ:関興一
- AP:栗原美和子
- ディレクター:片岡飛鳥、伊戸川俊伸
- ディレクター→(2代目)プロデューサー:吉田正樹
- 演出:吉田正樹
- プロデューサー→制作:佐藤義和
- 技術協力:ニユーテレス
- 制作協力:マセキ芸能社
- 制作:フジテレビ第二制作部(現・バラエティ制作センター)
[編集] 主題歌
- 平松愛理『素敵なルネッサンス』
- 山下久美子『Tonight(星の降る夜に)』
- Ellis『千の夜と一つの朝』
- 児島未散『一歩ずつの季節』
- 小泉今日子『自分を見つめて』
- Sepia'n Roses『君がいたholy night』
- 鈴木結女『土曜日の落書き』
- 森高千里『Memories』
[編集] ネット局
- 系列は放送終了時点のもの。
| 放送対象地域 | 放送局 | 系列 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 関東広域圏 | フジテレビ | フジテレビ系列 | 制作局 |
| 北海道 | 北海道文化放送 | ||
| 青森県 | 青森テレビ | TBS系列 | |
| 岩手県 | 岩手めんこいテレビ | フジテレビ系列 | 1991年4月開局から |
| 宮城県 | 仙台放送 | ||
| 秋田県 | 秋田テレビ | ||
| 山形県 | 山形テレビ | 1993年3月打ち切り | |
| 福島県 | 福島テレビ | ||
| 新潟県 | 新潟総合テレビ | ||
| 長野県 | 長野放送 | ||
| 静岡県 | テレビ静岡 | ||
| 富山県 | 富山テレビ | ||
| 石川県 | 石川テレビ | ||
| 福井県 | 福井テレビ | ||
| 中京広域圏 | 東海テレビ | ||
| 近畿広域圏 | 関西テレビ | ||
| 島根県・鳥取県 | 山陰中央テレビ | ||
| 広島県 | テレビ新広島 | ||
| 岡山県・香川県 | 岡山放送 | ||
| 愛媛県 | テレビ愛媛 | ||
| 福岡県 | テレビ西日本 | ||
| 佐賀県 | サガテレビ | ||
| 長崎県 | テレビ長崎 | ||
| 熊本県 | テレビ熊本 | ||
| 大分県 | テレビ大分 | フジテレビ系列 日本テレビ系列 テレビ朝日系列 |
|
| 宮崎県 | テレビ宮崎 | ||
| 鹿児島県 | 鹿児島テレビ | フジテレビ系列 日本テレビ系列 |
|
| 沖縄県 | 沖縄テレビ | フジテレビ系列 |
[編集] ネット局に関する備考
- 1993年6月の番組打ち切り時点では、FNSフルネット23局とNNN・ANNとのトリプルネット局であるテレビ宮崎では同時ネットで、当時NNS・ANNとのトリプルネット局だったテレビ大分、NNSとのクロスネット局だった鹿児島テレビ、TBS系列局である青森テレビでは時差ネットで放送されていた。なお、打ち切り後はFNSフルネット23局とテレビ宮崎では土曜特番を、テレビ大分・鹿児島テレビでは各局別につなぎ番組をそれぞれ放送した。
- テレビ大分では、当番組を火曜17:00-17:55に放送。遅れネット開始当初は8ヶ月ほど遅れていたが、打ち切りの頃には3ヶ月程度に遅れ幅は縮まっていた。7月10日の打ち切りの経緯を説明した「土曜特番」は放送。その後、つなぎ番組として『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』(日本テレビ)などを放送していた。『生ダラ』はテレビ大分がANNを脱退した1993年10月にレギュラー放送開始かつ同時ネット化された。
- 青森テレビは、当番組を月曜日16:00-16:55に放送していた。打ち切り後は『ダウンタウンのごっつええ感じ』(初期は同時刻での放送、末期は月曜深夜24:30-25:25)に番組を切り替えた。
- 山形テレビは1993年3月までは同時ネットで放送されていたが、同年4月のテレビ朝日系列へのネットチェンジに伴い、打ち切りとなった。
[編集] DVD
『ウッチャンナンチャンのやるやらフォーエバー』(2009年12月25日発売) 発売元:フジテレビ/販売元:ポニーキャニオン 収録時間:合計約450分 15750円(税込)
- Disc1:『誰かがやらねば!編』
- Disc2:ウッチャンセレクション
- Disc3:ナンチャンセレクション
- Disc4:もう一度みたい!ベストコントセレクション
- Disc5:もう一度みたい!ベストパロディセレクション
- 初回限定封入特典:特製「命影郎身代御守」
[編集] 関連番組
- 同時期にウッチャンナンチャン・神田・ちはるがレギュラー出演していた平日昼の生放送バラエティ番組。
- 『笑う犬の生活』時代(初期)は『YARANEVA(やらねば)』とサブタイトルについていた。
[編集] 脚注
- ^ 『SMAP×SMAP』でも同パロディ企画があった。
- ^ ひじを付く姿勢は本家より解答者席の高さが低かったらしく、関口は「これ低いんだよ〜。」と言っていた。内村扮する関ロはくわやま一家チームが1回だけ解答するチャンスで関口が仕切った時点でかなりオドオドしており「仕切り始めた!本物が仕切り始めた!」とぼやき、更には各チームから1人ずつ2チームの回答席の前に設置されている回答台に出る時に「出て来い!この野郎!」「いらっしゃい!(本家も使用)」と言ったり、更には最終問題で事もあろうに南原扮するくわやまと関口が回答席の前に設置されている回答台に出た時に「チームの代表者、来やがれ!」と言っていた。かつらに関しても関口に「このカツラやめてくれない?似てないよ。」と突っ込まれた。
- ^ a b c 同時間帯では『オレたちひょうきん族』以来1年ぶりの登板であった。
- ^ 1992年10月から1993年3月までTBSの裏番組に出演のため一時降板。
| フジテレビ系 土曜20:00枠 | ||
|---|---|---|
| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
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ウッチャンナンチャンの
やるならやらねば! |
||