ウスティカ島
| ウスティカ島 | |
|---|---|
| 座標 | 北緯38度43分00秒 東経13度11分00秒 |
| 面積 | 8 km² |
| 所在海域 | ティレニア海(地中海) |
| 所属国・地域 | |
ウスティカ島(イタリア語: Ustica)は、イタリア・シチリア島北方のティレニア海南部にある島である。面積は約8km²で、人口は1,330人(2001年)。シチリア島の中心都市、パレルモからフェリー定期便が運航されている。行政上はシチリア州パレルモ県に属し、ウスティカという基礎自治体(コムーネ)を形成する。
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歴史 [編集]
島の古名は、納骨堂を意味する古代ギリシャ語の”Osteodes(オステオデス)”だった。島は海底火山が爆発した時に流出した溶岩でできている。海岸は岩場などで砂浜はない。この荒々しい島に始めて足跡を記したのは、紀元前4世紀、カルタゴの餓死寸前の暴徒たちだった。紀元前1500年頃、ローマ人が来島し、島の名を「やけどをする」という意味のウスティオーネ(Ustione)と改めた。
6世紀に、ベネディクト会の修道士たちが移住を試みるが、東方から侵入して来たアラブ人と、彼らの撃退に立ち上がったヨーロッパ人との戦乱を嫌って、修道士たちは島を離れた。以来、海賊の跋扈など、周辺海域の緊迫が人々のこの島への定住を妨げて来た。
18世紀中頃、島はようやく、東に近接するリパリ島からの植民者90名(後の聖バルトロメオ守護聖人を含めて)を定住者として迎える事になる。しかし、20世紀に入って、ファシスト党政権によって島自体が監獄とされ、これは第二次世界大戦後の1950年代まで続いた。
1980年6月27日には、イタリアの航空会社イタビア航空のDC-9旅客機がボローニャからパレルモに到着直前に、島の近海で空中爆発し乗客乗員計81名が落命したイタビア航空870便事件が発生している(原因はリビア空軍の領空侵犯した戦闘機を撃墜しようとした空対空ミサイルが誤爆したともいわれている)。この事故は、島を不幸な形で有名にしてしまった。
ウスティカ島は、1986年にイタリア最初の海洋自然保護区の認定を受けている。
スポーツ・娯楽 [編集]
この島の娯楽は、イタリアでは珍しくサッカーではなく野球であり、サッカー場はなく野球場が一つ存在している。通常、野球の試合は日曜日に行われ、サッカーの試合が放送中でも島民はテレビを後に野球場へ観戦しにくる。観客数は1試合あたり200~300人ほどで、平日の夕方に行われる練習の時も大勢の観客が見に来る。
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
- Ustica Genealogy(イタリア語)
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