ウジェーヌ・ミンコフスキー

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ウジェーヌ・ミンコフスキーEugène Minkowski1885年4月17日 - 1972年11月17日)は、20世紀フランスで活躍した医学者精神科医

来歴[編集]

1885年、ロシアサンクトペテルブルクに生まれる。両親はポーランドユダヤ人であった。

若きころドイツミュンヘンに渡り医学を修め、博士号を取得。その後ロシアに戻り医師国家試験に合格。1913年には、同じく精神科医として活躍することになるフランソワーズ・ブロックマンと結婚。

1914年、第一次世界大戦が勃発すると、ミンコフスキーはスイスチューリッヒに逃れ、そこで精神分裂病という用語の提唱者たるオイゲン・ブロイラーを知ることとなる。翌年、突如としてフランス軍に入り、一兵士として前線で戦う。この功績もあってフランスで市民権を獲得。

大戦後、1926年にはフランスで医学博士号を取得。その地で1972年の死まで、在野の医師として病者に接すると同時に執筆活動に専念する。

主な著作[編集]

  • 『精神分裂病 La schizophrénie』(1927)
  • 『生きられる時間 Le temps vécu』(1933)
  • 『ひとつの宇宙論に向けて Vers une cosmologie』(1936)
  • 『精神病理学論 Traité de psychopathologie』(1966)

関連項目[編集]