ウォリック (ロードアイランド州)

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ウォリック市
City of Warwick
ウォリック市役所
ウォリック市役所
愛称 : 森の都市
位置
ロードアイランド州内のウォリック市の位置の位置図
ロードアイランド州内のウォリック市の位置
座標 : 北緯41度42分00秒 西経71度24分58秒 / 北緯41.70000度 西経71.41611度 / 41.70000; -71.41611
歴史
1642年
行政
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
  Flag of Rhode Island.svgロードアイランド州
  ケント郡
ウォリック市
City of Warwick
市長 スコット・アベディシアン
地理
面積  
  域 128.52 km2 (49.62 mi2)
    陸上   91.94 km2 (35.50 mi2)
    水面   36.6 km2 (14.1 mi2)
      水面面積比率     28.46%
標高 11 m (36 ft)
人口
人口 (2010年現在)
  域 82,672人
    人口密度   899.2人/km2(2,328.8人/mi2
その他
等時帯 東部標準時 (UTC-5)
夏時間 東部夏時間 (UTC-4)
公式ウェブサイト : City of Warwick

ウォリック: Warwick[1])は、アメリカ合衆国ロードアイランド州ケント郡の都市である。2010年国勢調査での人口は82,672人であり[2]、2000年の85,808人より3.7%減少したが、州内第2位である。2000年以降、市長はスコット・アベディシアンが務めている。1642年にサミュエル・ゴートンが創設したウォリックはアメリカ史の主要な出来事を目撃してきた。

ウォリックはフィリップ王戦争(1675年-1676年)の時に人口が激減し、アメリカ独立戦争のときはイギリスのスクーナーガスペーに対して最初の銃撃が行われた場所だった。ウォリックは独立戦争でジョージ・ワシントン将軍に次ぐ副司令官だったナサニエル・グリーン将軍や、南北戦争のときにゲティスバーグの戦いで英雄となったジョージ・S・グリーン将軍の生誕地だった。

ウォリックにはロードアイランド州の主要空港であるT・F・グリーン空港があり、プロビデンス大都市圏の用に供し、マサチューセッツ州ボストンジェネラル・エドワード・ローレンス・ローガン国際空港の代替空港の役目も果たしている。またロードアイランド州陸軍州兵の第43憲兵旅団基地もある。

初期の歴史[編集]

ウォリックは、ナラガンセットインディアンの大首長マイアントノミが貝殻玉144ファソム (263 m) を受け取ることに合意した1642年に、サミュエル・ゴートンによって創設された。これは「シャウホメット買収」と呼ばれた。この買収には現在のコヴェントリーウェストウォリック町の町も含まれていた。しかしこの買収は紛争無しに行われたものではなかった。地域にいたサコノノコとパムハムという2人の首長がその承認を得ずにマイアントノミが土地を売ったと主張した。2人の首長はマサチューセッツ湾植民地ボストンに訴え出、その土地をマサチューセッツの統治下に置いた。1643年、マサチューセッツは民兵隊をシャウホメットに派遣し、ゴートンとその追随者を逮捕しようとした。激しい対立の後、ゴートン支持者のうち3人を除いて全員がマサチューセッツの部隊に降伏した。この出来事が契機でナラガンセット湾にあった他の3つの町(プロビデンス、ポーツマスおよびニューポート)が合同し、ナラガンセット湾の町にロードアイランド及びプロビデンス・プランテーション植民地を形成する王室勅許を得た。

1648年、ゴートンは海軍提督でイギリス議会プランテーション問題委員会の長であった第2代ウォリック伯爵ロバート・リッチから土地特許を認められた。このために開拓地の名前はシャウホメットからウォリックに変えられた。マサチューセッツはこの地域に対する領有権主張を続けたが、それを強制できる力は無かった。

1772年、ウォリックはガスペー事件と呼ばれることになる最初のイギリス王権に対抗する暴力事件の現場になった。当時密貿易があたりまえのように行われていたナラガンセット湾に、1765年印紙法タウンゼンド諸法を強制するための密輸監視艇HMSガスペーに地元のアメリカ愛国者達が乗り込んだ。船を乗っ取られるのを防ごうとしたガスペーの指揮官ダッディンストン海尉が股あてを撃たれ、アメリカ独立に向かう出来事での最初の血が流されたのがこの地になった。ガスペーは火を点けられる前に全ての大砲や武器を外された。

独立戦争の間、ウォリックの民兵隊はモントリオールケベックサラトガモンマストレントンロードアイランドなどの戦いに参戦し、ヨークタウンイギリス軍が降伏した時もその場にいた。

地理[編集]

ウォリックは北緯41度43分5秒 西経71度24分55秒 / 北緯41.71806度 西経71.41528度 / 41.71806; -71.41528に位置する。アメリカ合衆国国勢調査局に拠れば、市域全面積は49.6平方マイル (128.5 km2)、このうち陸地は35.5平方マイル (91.9 km2)、水面は14.1平方マイル (36.6 km2)で水域率は28.46%である。

次の「ビレッジ」(Village)と呼ばれる地区がウォリック市内に位置している

  • アポノーグ
  • アーノルズネック
  • バトンウッズ
  • シーダーツリーポイント
  • チェピワノクセット
  • コニミカット
  • カウェセット
  • ガスペー
  • グリーンウッド
  • ヒルズグローブ
  • ホクスシー]
  • ナイト
  • レイクウッド
  • ノーソーケット
  • ノーウッド
  • オークランドビーチ
  • オールトバトンウッズ
  • ポータクセット・ビレッジ(クランストンの中にもある)
  • ポンティアック(クランストンの中にもある)
  • ポトウォマット
  • ウォリックネック
  • ワイルズコーナー

人口動態[編集]

人口推移
年度 人口
1830 5,529
1840 6,726 21.6%
1850 7,740 15.1%
1860 8,916 15.2%
1870 10,453 17.2%
1880 12,164 16.4%
1890 17,761 46.0%
1900 21,316 20.0%
1910 26,629 24.9%
1920 13,481 −49.4%
1930 23,196 72.1%
1940 28,757 24.0%
1950 43,028 49.6%
1960 68,504 59.2%
1970 83,694 22.2%
1980 87,123 4.1%
1990 85,427 −1.9%
2000 85,808 0.4%
2010 82,672 −3.7%
U.S. Decennial Census

ウォリックは公式にはプロビデンス都市圏の一部であり、この都市圏では2010年時点での人口1,600,852人と推計されている[3]

以下は2000年国勢調査による人口統計データである。

基礎データ

  • 人口: 85,808人
  • 世帯数: 35,517世帯
  • 家族数: 22,979家族
  • 人口密度: 933.3人/km2(2,417.2人/mi2
  • 住居数: 37,085軒
  • 住居密度: 403.3軒/km2(1,044.7軒/mi2

人種別人口構成

年齢別人口構成

  • 18歳未満: 21.9%
  • 18-24歳: 6.7%
  • 25-44歳: 30.1%
  • 45-64歳: 24.3%
  • 65歳以上: 17.0%
  • 年齢の中央値: 40歳
  • 性比(女性100人あたり男性の人口)
    • 総人口: 90.8
    • 18歳以上: 87.2

世帯と家族(対世帯数)

  • 18歳未満の子供がいる: 27.4%
  • 結婚・同居している夫婦: 50.7%
  • 未婚・離婚・死別女性が世帯主: 10.2%
  • 非家族世帯: 29.8%
  • 65歳以上の老人1人暮らし: 13.2%
  • 平均構成人数
    • 世帯: 2.39人
    • 家族: 2.99人

収入[編集]

収入と家計

  • 収入の中央値
    • 世帯: 46,483 米ドル
    • 家族: 56,225米ドル
    • 性別
      • 男性: 39,455米ドル
      • 女性: 28,946米ドル
  • 人口1人あたり収入: 23,410米ドル
  • 貧困線以下
    • 対人口: 5.9%
    • 対家族数: 4.2%
    • 18歳以下: 6.4%
    • 65歳以上: 7.5%

著名な住人[編集]

  • ビル・アーモン、MLB野球選手、ウォリック退役兵記念高校で学んだ
  • ロッコ・バルデッリ、MLB野球選手、ビショップ・ヘンドリッケン高校で学んだ
  • ウィル・ブラックモン、アメリカンフットボールの選手、ビショップ・ヘンドリッケン高校で学んだ
  • サラ・デコスタ、女子ホッケーのゴールキーパー
  • ジョージ・S・グリーン、南北戦争の北軍将軍
  • ナサニエル・グリーン、独立戦争の将軍、ジョージ・ワシントンの下で副司令官だった
  • ジェイソン・ホーズとグラント・ウィルソン、超常現象調査員、大西洋超常現象学会の設立者、テレビ番組ゴーストハンターズの司会者
  • ウォルト・モスバーグ、ウォールストリート・ジャーナルの技術面編集者
  • クレイグ・プライス、バトンウッズ出身の殺人犯人、ウォリック退役兵記念高校で学んだ
  • レイモンド・ネルス・ネルソン、ウォリックのプロビデンス・ジャーナルイブニング・ブレティンの支局長
  • クリス・テレリ、アイスホッケーのゴールキーパー、ピルグリム高校で学んだ
  • ダン・ウィーラー、MLB野球選手、ピルグリム高校で学んだ
  • ダグ・ホワイト、NBC 10 ニューズの元アンカー
  • ジェームズ・ウッズ、俳優、ピルグリム高校で学んだ

教育[編集]

地元の公立学校はウォリック公立教育学区によって運営されている[4]。ウォリックにある総合公立高校はトールゲイト高校、ウォリック退役兵記念高校およびピルグリム高校の3校である。中学校も3校ある。ビショップ・ヘンドリッケン高校はカトリック系男子のカレッジ予備高校であり、やはりウォリックにある。

ロードアイランド・コミュニティカレッジのナイト・キャンパスもウォリックにある。

脚注[編集]

  1. ^ ウォーウィックと表記されることがあるが、ウォリック伯に因んで名付けられたのでイギリスでの表記による。発音はen:Earl of Warwickを参照
  2. ^ State & County QuickFacts, Warwick, Rhode Island, 2011-12-24閲覧
  3. ^ American FactFinder
  4. ^ Warwick Public Schools

外部リンク[編集]