ウィンナーモービル

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2005年北米国際オートショーに出品した1952年式のウィーナーモービル
 
ミネソタ州ロチェスター市内を走るウィーナーモービル

ウィンナーモービルウィーナーモービル (Wienermobile )は、アメリカ合衆国の食品会社オスカー・マイヤー英語版の販売促進および広告のためのホットドッグの形をしたライトバン1936年、オスカー・マイヤー社長の甥のカール・G・マイヤーにより初代ウィーナーモービルが作られ、何度も形を変えながら現在もオスカー・マイヤー社で使用されている。ウィーナーモービルの運転手はホットドッガーズと呼ばれ、しばしばウィーナーモービルの形をしたおもちゃの笛、ウィーナーホイッスルを配布する。

歴史[編集]

1936年に誕生したカール・マイヤーの初代ウィーナーモービル[1]から、現在走行中の現役車まで発展してきた。第二次世界大戦中はガソリンが配給制になったため操業されなかったが、1950年代、オスカー・マイヤーと車体メーカーのガーステンスレイガー英語版社はダッジウィリスジープの車体を使用して何台かのウィーナーモービルを作った。それらのうちの1台がミシガン州ディアボーンヘンリーフォード博物館に展示されている。これらのウィンナーモービルは『リトル・オスカー』と呼ばれていた運転手により店舗、学校、孤児院、子供病院を訪問したり、パレードやフェスティバルに参加したりした。

1969年シボレーの車体を使い、フォード・サンダーバードテールライトを特徴とした新しいウィーナーモービルが作られた。1969年版は海外に渡航した最初のウィーナーモービルとなった。1976年、再度シボレーの車体を用い、プラスチック・プロダクト社がガラス繊維と発泡スチロールを用いて新車を作成した。

1988年、オスカー・マイヤーはホットドッガープログラムを開始。大学新卒者が全米各地および海外でウィンナーモービルの運転手として雇われた。新しいホットドッガーズのために、スティーヴンス・オートモーティヴ・コーポレーションと業界で著名なデザイナーブルックス・スティーヴンス英語版が改造したシボレーのバンを使い、高速に耐え得る6台のウィーナーモービルを製造した。

1995年版では長さ27フィート (8.2 m)、高さ11フィート (3.4 m)となった。2004年版では音声起動できるカーナビゲーションとワイヤレス・マイク付きの音響システム、ケイジャンラップボサノヴァなど21種類のウィーナー・ジングルを鳴らすことができる警笛を搭載し、ヒストリーのドキュメンタリー 『アメリカ人は何を食べてきたのか英語版』によると4代目ポンティアック・ファイヤーバードのテールライトを使用している。

2004年、オスカー・マイヤーがウィーナーモービルを1日自由に運転できる権利を懸賞にかけると、1ヶ月の応募総数は15,000を越えた。

現在8台のウィーナーモービルが走行中である。

製造者 車体 エンジン
1936 ジェネラル・ボディ・カンパニー (イリノイ州シカゴ) 車体から製造 N/A
1952 ガーステンスレイガー (オハイオ州ウースター) ダッジの車体 N/A
1958 ブルックス・スティーヴンス ウィリスジープの車体 N/A
1969 オスカー・マイヤー (ウィスコンシン州マディソン) シボレーの車体、フォード・サンダーバードのテールライト V6エンジン
1975 プラスチック・プロダクト (ウィスコンシン州ミルウォーキー) ガラス繊維と発泡スチロールで1969年版を改造 V6エンジン
1988 スティーヴンス・オートモーティヴ・コーポレーション (ウィスコンシン州ミルウォーキー) シボレーのバンの車体、フォード・サンダーバードのテールライト V6エンジン
1995 ハリー・ベントリー・ブラッドリー英語版からカーリン・マニュファクチュア (カリフォルニア州フレズノ) ポンティアック・グランダムのヘッドライト、 ポンティアック・トランザムのテールライトを使用し独自に車体を製造 N/A
2000 クラフツメン・インダストリーズ英語版 (ミズーリ州セント・チャールズ) いすゞ・エルフ(GMC Wシリーズ)の車体 5700 ボーテック V8
2001 クラフツメン・インダストリーズ英語版 (テキサス州サンアントニオ) ダッジ・ラム(RAM 1500シリーズ)の車体、フリップト・アクセル 5.2L マグナム V8
2004 プロトタイプ・ソース (カリフォルニア州サンタバーバラ) いすゞ・エルフ(GMC Wシリーズ)の車体、ポンティアック・ファイヤーバードのテールライト 6.0L 300–5700 ボーテック V8
2008 プロトタイプ・ソース (カリフォルニア州サンタバーバラ) ミニ・ハッチ クーパー S 1.6L スーパーチャージド I-4

出典: オスカー・マイヤー [1]

運転手[編集]

現在8台のウィンナーモービルが走行中で、うち6台がフルサイズのファミリア・モデル、1台はミニ、もう1台はフード・トラックであり、それぞれが全米各地に赴いている。『ホットドッガー』と呼ばれる運転手達の応募資格は卒業見込みのある大学4年生のアメリカ国民であることで、6月1日から翌年の6月1日まで続く。現役のホットドッガーとオスカー・マイヤーの求人担当者が次年度のホットドッガーの募集のため全米の大学を訪れる。毎年平均2,000通の応募があり、3月に最終選考に残った30名はクラフトフーヅとオスカー・マイヤーの本社のあるウィスコンシン州マディソンに面接に行く。6台のウィーナーモービル1台につき2名まで乗れるため、12名が選考される。これまでのホットドッガー経験者は総計約300名である。アメリカ合衆国下院議員のポール・ライアンはホットドッガーではなかったが、夏季のクラフトの販売員のアルバイトの際に1度だけウィーナーモービルを運転したことがあると報じられている[2]

おもちゃ[編集]

ウィーナーモービルのおもちゃやミニチュアが何年も作られており、ホットウィールダイカストで2種類のミニカーを製造することを発表。

オリジナルのナンバープレート[編集]

ウィンナーモービルでは以下のオリジナルのナンバープレートが使用されている[3]

  • YUMMY (おいしい)
  • OURDOG (我等のホットドッグ)
  • BIG BUN (大きなバンズ)
  • LIL LINK (小さなソーセージ)
  • OH I WISH (私は願う)
  • WEENR (ウィーナー)
  • WNR MBLE (ウィーナーモービル)
  • BOLOGNA (ボローニャ)
  • RELSHME(レリッシュ・ミー[4]
  • OSCRMYR (オスカー・マイヤー)

事件および事故など[編集]

1997年、マサチューセッツ州ボストンで、ラッシュ時のストロウ通りをボストン中心部に向かうウィーナーモービルの運転手が、高さ10フィート (3.0 m)の横断歩道橋の下を通過できないと判断したため緊急停止した。写真ではウィーナーモービルを道路の端に寄せて救援を待つ運転手が見られる(スライドショーの写真9)。

2001年12月、テキサス州オースティンで、エンジンがオーバーヒートした後、構造上の欠陥により車体の脇に多数の亀裂が生じたウィーナーモービルが修理工場まで牽引された。長期間の修理の後、ウィーナーモービルは再び南西部ツアーに出発した。

2002年6月、ワシントンD.C.近郊のペンタゴン近くの商用車通行禁止道路を走行中のウィーナーモービルが警察に制止された。運転手達は職務質問を受けたが、違反切符無しで一番近い出口から出された[5][6]

2007年6月、ウィスコンシン州のナンバープレート『YUMMY』を付けたウィーナーモービルが、盗難ナンバープレートをつけて走行した容疑でアリゾナ州公安局に制止された。警官のK・ランコウはこのウィーナーモービルが他の車にスピードを落とさせているのを目にとめ、この車が公道を合法に走れるものかどうかチェックした。プレートが確かにミズーリ州コロンビアで盗まれた物であったため[7]、警官はウィーナーモービルを止めて運転手を拘束した。代替のプレートができてきて付け直したこと、またウィーナーモービル以外の車にこのプレートが搭載されていた場合のみ盗難プレートと見なされることをオスカー・マイヤー社は警察に通知しておらず、またプレートが盗まれた車がウィーナーモービルだったことも記録されていなかったためにこの事態が起きた。運転手は疑いが晴れるとすぐに釈放された[8][9][10]

2007年8月9日、ウィスコンシン州の『WEENR』ナンバーのウィーナーモービルが、シカゴの目抜き通りマグニフィセント・マイル英語版の駐車禁止区域に駐車していたことでシカゴ警察から違反切符を切られた[11]

2008年2月11日、ウィーナーモービルが吹雪の後のペンシルベニア州マンスフィールド郊外のアメリカ国道15号線で凍った路面を何台かの車と共にスリップし、地元メディアから注目された。けが人もなく、ウィーナーモービルも小さな傷だけで済んだ[12]

2009年7月17日、ウィスコンシン州マウント・プレザントクルドサックで方向転換しようとしたところ、運転手がアクセルとブレーキを踏み間違えて家屋に突っ込み、その家のデッキを破損した[13]

2009年6月28日から7月19日、ウィーナーモービルはハワイ州を訪れたが、1927年に定められた、景観保護のために広告看板を厳しく取り締まる州法の遵守を強く推進する地元の団体アウトドア・サークルから厳しい批判を受けた。オスカー・マイヤーの代理人はただホットドッグが載っているだけの車に非はないと主張。景観を損ねたという損害賠償の請求は今のところされていない。

2010年6月28日、テキサス州ダイボルのランバージャック通り近辺の59号線で、暴風雨に遭い他の車に追突。ダイボル警察による違反切符はなかったが、双方の車が軽度の損傷を受けた。けが人はなかった。

テキサス州警察のショーン・マギー巡査とジェシー・スチュワート巡査はテキサス州東部の小さな町ヘンダーソンで過去20年間で2回ウィーナーモービルのスピード違反切符を切っている。

脚注[編集]

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  1. ^ Cruising in Time
  2. ^ Gilbert, Craig (2009年4月26日). “Ryan draws inspiration from family, mentors.”. Journal Sentinel. http://www.jsonline.com/news/statepolitics/43705747.html 2012年8月15日閲覧。 
  3. ^ Oh I Wish plates (Photos of plates)”. 2009年12月25日閲覧。
  4. ^ 「私を味わって」とホットドッグにかけるレリッシュの洒落。
  5. ^ http://forums.anandtech.com/archive/index.php/t-832593.html
  6. ^ http://www.shortnews.com/start.cfm?id=22803
  7. ^ Cop pulls over Wienermobile as stolen
  8. ^ Police officer stops Wienermobile
  9. ^ All the Latest Frankfurter Developments
  10. ^ Cops ketchup with Wienermobile
  11. ^ http://www.chicagotribune.com/news/local/chi-web_wieneraug10,0,6936594.story
  12. ^ Wienermobile wipes out
  13. ^ Oscar Mayer Wienermobile loses control, crashes into Racine home”. 2009年7月17日閲覧。

外部リンク[編集]