ウィリー・カム
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 | |
| 出身地 | |
| 生年月日 | 1900年2月2日 |
| 没年月日 | 1988年12月21日(満88歳没) |
| 身長 体重 |
5' 10.5" =約179.1 cm 170 lb =約77.1 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 三塁手 |
| 初出場 | 1923年4月18日 |
| 最終出場 | 1935年5月21日 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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ウィリー・カム(William Edward Kamm 、1900年2月2日 - 1988年12月21日)は、主に1920~1930年代に活躍したアメリカ合衆国の野球選手。ポジションは三塁手。カリフォルニア州サンフランシスコ生まれ。右投げ右打ち。1920年代にシカゴ・ホワイトソックスの三塁手として6年連続最高守備率を記録した。
目次 |
来歴・人物 [編集]
1922年にパシフィック・コーストリーグのサンフランシスコからホワイトソックスに昇格、1923年からホワイトソックスのレギュラー三塁手を勤めた。デビューした1923年から6シーズンの間三塁守備イニング数がリーグ最多を数え、その間の守備率は、1924年から1929年の6シーズン連続でリーグ最高を記録した。打者としては比較的四球が多く、1925年にリーグ最多の90四球を記録したことがあり、毎年70以上の四球をコンスタントに稼いでいた。1928年に打率.308を記録したときは、その年のMVP候補に名前が挙がり、投票では5位となった。
1929年4月30日にコミスキー・パークで行われたクリーブランド・インディアンズ戦では、『隠し球でトリプルプレイを完成』という非常に珍しいプレイを記録している。この試合の7回表、無死1・2塁で打者カール・リンドがショートゴロを打ち、一塁でアウトになる間に、二塁走者ジョニー・ホダップが本塁を狙って三塁本塁間に挟まれた。カムはホダップをタッグアウトした後投手にボールを返さず、こっそり自分のグラブに隠し、プレーの間に三塁に達していた走者チャーリー・ジェイミーソンが、そうとは知らずに離塁したところをタッチして3つ目のアウトを取った。
カムは1931年シーズン途中にルー・フォンセカとのトレードでクリーブランド・インディアンズに移籍、インディアンズに5シーズン在籍した後1935年に選手を引退した。1988年にカリフォルニア州ベルモントで死去。
通算成績 [編集]
打撃成績 [編集]
※数字の後の"*"は、記録不明箇所があることを示す。
| 試合 | 打数 | 安打 | 二塁打 | 三塁打 | 本塁打 | 得点 | 打点 | 盗塁 | 三振 | 四球 | 死球 | 犠打 | 打率 | 出塁率 | 長打率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1693 | 5851 | 1643 | 348 | 85 | 29 | 802 | 826 | 125 | 405 | 824 | 22 | 238 | .281 | .372 | .384 |
獲得タイトル・記録 [編集]
- リーグ最高守備率(三塁手):1924年~1929年
- リーグ最多四球:1925年