ウィリアム・J・ナイト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
X-15とナイト

ウィリアム・J・ナイト(William J. "Pete" Knight、1929年11月18日 - 2004年5月8日)はアメリカ合衆国の戦闘機パイロット、テスト・パイロット、後に政治家になった。1967年に実験機、X-15A-2で有翼の航空機の速度記録、7,274 km/hを樹立した。

1951年にアメリカ空軍に入隊し、パイロットになり1954年にナショナル・エア・ショーでF-89で飛行しアリソン・ジェット・トロフィーを受賞した。1958年からエドワード空軍基地でテスト・パイロットとなり、F-100F-101F-104、後にT-38F-5の試験飛行を行った。1960年、X-20 ダイナソア計画の6人のテスト・パイロットの一人に選ばれた。ダイナソア計画が中止された後、X-15のパイロットに選ばれた。

X-15の飛行では、1967年6月29日に、マッハ4.17で107,000フィートの飛行中に、電気回路が故障し、システムがシャット・ダウンしたが、有視界飛行でネヴァダ州の沼に不時着するのに成功した。1967年10月3日、 X-15A-2で有人飛行の速度記録、7,274 km/hを記録した。X-15A-2による16回の飛行のうちには高度100,000mに到達した飛行もあり、有翼機で宇宙空間に達した5人のパイロットのひとりとなった。

エドワーズ基地で10年ほど活動した後、1968年に東南アジアに移動し、F-100による253回の攻撃作戦に参加した。その後パターソン基地でF-15戦闘機やF-5戦闘機の開発に従事した。エドワーズ基地でのF-16戦闘機のテストパイロットを務めた後、1982年に空軍を退役した。キャリアは32年間におよび、飛行時間は6,000時間を越えた。

1984年にカリフォルニア州パームデールの市議会議員、1985年に市長に選ばれ、1992年からカリフォルニア州議員を務めた。