ウィリアム・グレンヴィル
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ウィリアム・ウィンダム・グレンヴィル (William Wyndham Grenville, 1st Baron Grenville, 1759年10月25日 - 1834年1月12日)は、イギリスの政治家。ホイッグ党に属した。
グレートブリテン王国時代に首相を務めたジョージ・グレンヴィルの息子として、バッキンガムシャーで誕生。イートン校、オックスフォード大学クライスト・チャーチ・カレッジ、法曹院の一つリンカンズ・イン(Lincoln's Inn)で学んだ。1782年に庶民院議員となった。
グレンヴィルは、当時の首相で、同い年の従弟にあたる小ピット(小ピットの母で大ピットの妻ヘスターは父の妹)と提携し、陸軍支払長官職を1784年から1789年まで務めた。1789年に内務大臣に就任。 小ピットの死後、1806-1807年に短期間首相をつとめた。1807年に、奴隷貿易を廃止した。
外部リンク [編集]
- More about William Wyndam Grenville, Lord Grenville on the Downing Street website.
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