ウィリアム・クローフォード・ウィリアムソン
| ウィリアム・クローフォード・ウィリアムソン | |
|---|---|
William Crawford Williamson (1863)
|
|
| 人物情報 | |
| 誕生 | 1816年11月24日 |
| 死没 | 1895年6月23日(満78歳没) |
| 学問 | |
| 研究分野 | 博物学、古植物学 |
ウィリアム・クローフォード・ウィリアムソン(William Crawford Williamson、1816年11月24日 - 1895年6月23日)はイギリスの博物学者、古植物学者である。
スカーバラ (Scarborough) で生まれた。父親のジョン・ウィリアムソンは園芸家から、地方では有名な博物学者になった人物で、ウィリアム・ビーンとともに、ヨークシャー沿岸の化石の出土地を最初に調査し、長期にわたって、スカボロー自然史博物館の最初の学芸員を務めた。ウィリアム・ウィリアムソンは科学的な環境に育ち、科学者たちと知り合った。イギリスの地質学の父と称される、ウィリアム・スミスは2年間ウィリアムソンの家に滞在した。母方の祖父は宝石職人で、鉱物の切断技術を学び、これは後のウィリアムソンの化石の研究に役だった。
ウィリアムソンは16歳にならないうちに、ヨークシャーの鳥類についての論文を発表し、1834年には Gristhorpe Man についての論文を書き、同年ロンドン地質学会に、自分の故郷の中生代化石に関する最初の論文を発表した。リンドレーとハットンの著作、Fossil Flora of Great Britain の執筆を手伝った。
ロンドンのユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンで医学を学び、1841年にマンチェスターに戻り、医者としても成功した。医学の勉強中も医者になった後も科学の研究を続け、3年間に渡って、マンチェスター自然史学会の博物館の学芸員を務めた。
1851年にマンチェスターのオーエン・カレッジ (Owen's College) が創設されると、博物学の教授となり、地質学、動物学、植物学を教えた。地質学の分野では中生代の化石の分布、海洋堆積物の研究を行い、動物学の分野では魚類の歯や骨格の研究を行い、植物化石の研究ではブロンニアール (Adolphe Theodore Brongniart) と並んで古植物学の分野の基礎を作った1人とされる。
[編集] 受賞歴
- 1874年: ロイヤル・メダル(王立協会)
- 1890年: ウォラストン・メダル(ロンドン地質学会)