ウィリアムザサード

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ウィリアムザサード
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1898年
死没 1917年2月2日
セントサイモン
グラヴィティ
生国 イギリスの旗 イギリス
生産 第6代ポートランド公爵
馬主 第6代ポートランド公爵
調教師 J.Porter
競走成績
生涯成績 14戦10勝
獲得賞金 13,578ポンド
テンプレートを表示

ウィリアムザサード (William the Third) とは、イギリス競走馬種牡馬である。

馬名はイングランド国王ウィリアム3世にちなむ。

セントサイモンのオーナーとして知られる第6代ポートランド公爵が晩年に生産した名ステイヤーでセントサイモン最後の名馬といわれる。

経歴[編集]

2歳時は10月に一度だけ走り、8頭立ての着外。

3歳時は4月から2連勝の後、迎えたニューマーケットステークスでは2000ギニー2着で後のセントレジャーステークス勝馬ドリクレスを破り、単勝15倍を超える穴馬として臨んだダービーステークスでは1番人気ヴォロディオフスキーと最後まで競り合って3/4馬身差の2着に善戦した。

4歳時、アスコットゴールドカップではヴォロディオフスキー、前年のアスコットゴールドカップ馬サントイ、オークス馬キャップアンドベルズ、パリ大賞の勝馬シェリといった錚々たるメンバーをまとめて下す5馬身差の圧勝を決め、さらにその翌日には3マイルの長丁場クイーンアレクサンドラプレートに出走し、後続を6馬身ちぎって圧勝した。9月にはドンカスターカップを8馬身差で完勝した。

5歳時、アスコットゴールドカップ連覇を目指して調教を続けていたが、調教中に石につまずき、つなぎを痛めて引退した。

種牡馬として[編集]

種牡馬入り後は1911,14年にイギリスサイアーランキングで2位につけた。1922年にはイギリスチャンピオンブルードメアサイアーととなった。

主な産駒[編集]

  • ウィルオニキスWillonyx - アスコットゴールドカップ、ジョッキークラブカップ
  • ウィンキーWinkie - ファーラップの母となるエントリーティEntreatyの父

外部リンク[編集]