イージー・フイルム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索

イージー・フイルムは、かつて存在した日本のアニメーション制作会社。「イージー・フルム」と表記されることがあるが厳密には誤り。E&G FILMSE&Gフイルムと表記することもある。なお、E&Gはエバー・グリーンの略とされる。

目次

[編集] 略歴

1971年から仕上げスタジオとして活動をしていた「有限会社イージー・ワールド・プロ」が、海外との合作を通じて徐々に演出・作画部門を整備。さらに小山信夫、大地丙太郎らが創立した撮影スタジオ「株式会社ラッキーモア」と合併して、1988年7月に「株式会社イージー・フイルム」として発足。代表取締役社長には萩原攷司が就任し、発足時の取締役は大地と小山が務めた。その他には、制作プロデューサーの岡田修一、撮影監督の小澤次雄、アニメーターの和田高明などが在籍した。なお本社は、東京都武蔵野市西久保にあった。

こうして作画・演出・仕上・撮影部門と一貫した制作体制が整い、テレビシリーズの1話分丸ごと下請けするグロス請けが可能となって、当初はシンエイ動画の『おぼっちゃまくん』などの制作に協力した。1990年代になると、元請けとして作品まるごとを担当できるまでに成長し、海外映画の配給を行うエノキフイルムが製作するアニメの実制作を多く担った。

イージー・フイルムにとって代表作となったのは、1995年から1997年にかけてのテレビアニメ『スレイヤーズ』シリーズ3部作である。中でも1・2作目については原作ファン・アニメファン双方から高い支持を受け、文庫原作のメディアミックス作品としては異例と言われる程の大きな成功を収める人気作となった。

しかし、角川書店キングレコードとのメディアミックス企画は低予算・短納期で、収益性・効率性は決して高いものではなかった。それが事業の中核となっていた事もあり、同作の頃には既に国外スタジオへの大量の外注と無茶なスケジューリングが常態化していた。そして『スレイヤーズ』シリーズに続いて企画された1998年の『ロスト・ユニバース』では遂に、いわゆる「ヤシガニ事件」などと呼ばれる作画崩壊の大量発生騒動という事態に至った。

この一件によって対外的信用が大きく失墜。テレビ局サイドの信頼も失った事で経営基盤が不安定になり、2001年放映の『無敵王トライゼノン』(TBSほか)を最後に地上波放送での自社元請けの仕事を事実上手がけられなくなった。アニメーターの小林一三によればその2001年に倒産したという[1]が、2002年以降も他社作品の下請け作業や、アニメシアターX(AT-X)の『著名作家シリーズ』など、CSのアニメ専門チャンネルの低予算・小規模な作品を中心に手がけており、最終的には2002年12月~2003年3月に放映された『バロムワン』まで「E&G FILMS」名義で制作されている。しかし、資金的にはかなり厳しかったのか制作体制の脆弱さと作画品質の低さは活動を停止するまで相変わらずであった。

なお、武蔵野市西久保にあった演出・作画部のスタジオは、2003年以降、イージー・フイルム元社員の曽根由貴子が設立した同業のアニメーション・プラネットの本社所在地となっている。  

[編集] 作品リスト

[編集] イージー・フイルム時代

[編集] 制作作品

[編集] 下請け作品

[編集] イージー・ワールド時代

[編集] ラッキーモア時代

[編集] かつての在籍者が設立した会社

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス