イーグル・MkIII/トヨタ

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イーグル・MkIII/トヨタ
2011 11 26 Toyota HQ-20-37 - Flickr - Moto@Club4AG.jpg
カテゴリー IMSA-GTP
コンストラクター AAR
デザイナー ジョン・ウォード
藤森弘通 (空力)
先代 イーグル・HF90
主要諸元
シャシー カーボンファイバー コンポジット モノコック
サスペンション(前) ダブルウィッシュボーン プッシュロッド
サスペンション(後) ダブルウィッシュボーン プッシュロッド
全長 4,800 mm
全幅 2,000 mm
全高 1,016 mm
ホイールベース 2,667 mm
エンジン トヨタ・3S-GTM 2,140 cc 直4 Turbo ミッドシップ
トランスミッション マーチ・88T 5速 MT
重量 832 kg (1992年)
914 kg (1993年)
タイヤ グッドイヤー
主要成績
チーム AAR
出走時期 1991年 - 1993年
コンストラクターズ
タイトル
2
ドライバーズタイトル 2
表彰台(3位以内)回数 34
初戦 1991年ラグナ・セカ300km
初勝利 1991年ポートランド300km
最終戦 1993年フェニックス2時間
出走
回数
優勝
回数
ポール
ポジション
ファステスト
ラップ
27 21 18 16
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イーグル・MkIII/トヨタは、1991年IMSA-GTPクラス参戦用に、オール・アメリカン・レーサーズ(AAR)が開発したプロトタイプレーシングカー

概要[編集]

カーボン製モノコックに、直4シングルターボ3S-G 型エンジンを搭載。ラジエーター、インタークーラーはコックピット側面に配置される。デビュー当初はルーフ上にリヤビュー・カメラを設置し、運転席内のモニターからマシン後方を確認できるようになっていた。

武骨な外観のイーグルMkIIIだが、実は高い空力性能を持っている。マシンのフロント下部から取り入れられた空気はフロントフェンダー後方に大きな吸い出し口を持つフロントディフューザーで強いダウンフォースを発生し、リヤディフューザーで再びダウンフォースを発生させる。リヤディフューザーの吸い出し効果向上を目的に1992年の第9戦ラグナ・セカから2段式リヤウイングを装備するようになると、さらに空力性能は向上した。イーグルMkIIIは2段式リヤウイング装備前でも時速200マイル(320Km)で6,760ポンド(3.06トン)のダウンフォースを獲得していたが、2段式リヤウイングを装備するとダウンフォースは時速200マイルで9,275ポンド(4.2トン)へと跳ね上がった。これは同時期のF1マシンのダウンフォース量(1990年のティレル・019は時速300Kmで1.25トン[1])の3倍以上に達した。

戦績[編集]

  • 1991年
    イーグルMkIIIはIMSA-GTP第11戦ラグナ・セカでデビューした。予選2位からスタートし決勝では終盤までレースをリードするが、ペナルティを受け7位に終わった。しかし続く第12戦ポートランドで初優勝すると最終第14戦デル・マーでも優勝。4戦2勝で最初のシーズンを終えた。
  • 1992年
    1992年のGTPクラスはこれまで参戦していた日産ジャガートヨタに加えシボレーマツダがワークス参戦した。タイトル争いは1991年シーズン終盤に2勝を挙げたイーグルMkIIIを擁するトヨタと、前年のSWCチャンピオン・マシンXJR-14で戦うジャガーとの間で争われた。イーグルMkIIIは第3戦セブリングでシーズン1勝目を挙げ、第5戦ライムロックで2勝目を挙げた。ジャガーも第4、6戦と勝利したが、イーグルMkIIIは第7戦ニューオリンズから最終戦デル・マーまで7連勝し、トヨタはマニュファクチャラー・ドライバー(ファン・マヌエル・ファンジオII)の両タイトルを初めて獲得した。
  • 1993年
    1992年シーズンは5つのワークス・チームが参戦したIMSA-GTPだったが、シーズン中盤になってイーグルMkIIIが圧倒的な強さを見せ始めると他のワークスチームは戦意を失い1992年限りでシリーズから撤退していった[2]。ライバルのいなくなったGTPクラスでイーグルMkIIIは開幕戦のデイトナ24時間を含む出場した全てのレースで優勝し、トヨタは2年連続でダブルタイトル(ドライバー・タイトル/ファン・マヌエル・ファンジオII)を獲得した。
IMSAは参戦台数が減少したGTPクラスを1993年限りで廃止することにした為、イーグルMkIIIは活躍の場を失うことになった。

参考文献[編集]

  • 「Sports-Car Racing」Vol.14、Sports-Car Racing Group、2004年。

脚注[編集]

  1. ^ カーグラフィック」No.356、p.320、二玄社、1990年。
  2. ^ オートスポーツ」No.640、p.143、三栄書房、1993年。