イリ条約
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イリ条約(イリじょうやく、中国語: 伊犁條約)とは、1881年2月24日にロシア帝国と清朝の間で結ばれた条約。サンクトペテルブルク条約とも。
[編集] 概要
1862年以降、清朝の支配に対して東トルキスタンのイスラーム教徒の反乱が続発した。これに乗じてロシア帝国が1871年にイリ地方を占領したため、露清間の紛争が起こった(イリ事件)。清は左宗棠を派遣して1878年に反乱を鎮圧し、ロシア軍の撤退を要求して紛争を重ねたが、1881年にイリ条約を結んだ。
中国語、ロシア語、フランス語の3ヵ国語を正文とし、解釈に相違がある場合にはフランス語文に拠る(第20条)とされ
清朝がザイサン湖周辺地方をロシアに割譲し、賠償金900万ルーブルを支払うことで妥協が成立した。