イチイ

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イチイ
イチイ Taxus cuspidata
保全状況評価[1]
LOWER RISK - Least Concern
(IUCN Red List Ver.2.3 (1994))
分類新エングラー体系
: 植物界 Plantae
: 裸子植物門 Gymnospermae
: イチイ綱 Taxopsida
: イチイ目 Taxales
: イチイ科 Taxaceae
: イチイ属 Taxus
: イチイ T. cuspidata
学名
Taxus cuspidata Siebold et Zucc.[2]
シノニム
和名
イチイ
オンコ
アララギ
英名
Japanese Yew
変種、品種

本文参照

イチイ(一位[7]、櫟、学名: Taxus cuspidata)は、イチイ科イチイ属植物。またはイチイ属の植物の総称。常緑針葉樹。英語では Japanese Yew と呼ばれ、同属のヨーロッパイチイ T. baccataは単に Yew あるいは European Yew と呼ばれる。秋に実る赤い実(仮種皮)は、食用にできる。生長が遅く年輪が詰まった良材となり、弓の材としてもよく知られる。

名称[編集]

属の学名 Taxusはヨーロッパイチイのギリシャ語名で弓を意味する taxosから、種小名 cuspidata は「急に尖った」の意味。

和名イチイは、神官が使うがイチイの材から作られたことから、仁徳天皇がこの樹に正一位を授けたので「イチイ」の名が出たとされている[8]

日本語における別名[編集]

別名は数多くあり、前述の笏にまつわるエピソードからシャクノキの名称があり、そのほかアララギ[7]キャラボクスオウヤマビャクダンなどと呼ばれる。北海道や東北地方ではオンコとして知られている[9]。東北地方ではこのほかオッコオッコノキウンコアッコとも呼ばれる[8]長野県松本地方ではミネゾと呼ばれている[10]

アイヌ語名[編集]

ラㇽマニ(rarmani)と呼ばれ、このほか地域によりララマニ(raramani) タㇽマニ(tarmani)と訛って呼ばれた[11]荻伏浦河町)のアイヌはクネニ(kuneni)と呼んでいたが、これは「弓(ku)になる(ne)木(ni)」の意である[11]

分布[編集]

日本の北海道本州四国九州沖縄、日本国外では千島列島中国東北部、朝鮮半島に分布[7]。北海道では標高の低い地域にも自然分布するが、四国や九州では山岳地帯に分布する[12]庭木としては、沖縄県を除いた日本全国で一般的に見られる。

大抵は山地に分布するが、多くは林を形成することは少なく、暗い林の中で1、2本ずつばらついて生えている[13]。北海道の屈斜路湖周辺や茶内(浜中町)などでは、まとまったイチイの林が見られる[14]

特徴[編集]

常緑針葉樹高木[7]、高さ15メートルほどの高木になるが、暗い場所で育つため成長は遅く寿命は長い[15]。樹形は円錐形になる。陰樹で林の中では枝が不ぞろいになるが、明るい場所でもよく生育し、均等に枝を出してびっしりと葉に覆われた姿になる[13]。幹の直径は50 - 100センチメートルほどになり、樹皮には縦に割れ目が走る。幹の目通り径が30センチメートルになるまでに、100年かかるといわれている[7]

は羽状に互生し、濃緑色で、線形をし、先端は尖っているが柔らかく触ってもそれほど痛くない[7]。枝に2列に並び、先端では螺旋状につく。

花期は3 - 4月[7]。雌雄異株(稀に雌雄同株)。小形の花をつける。果期は9 - 10月で、初秋に赤い実をつける[7]種子は球形で、杯状で赤い多汁質の仮種皮の内側におさまっている[7]。外から見れば、赤い湯飲みの中に丸い種が入っているような感じである。果肉は食べることができるが、それ以外の部分に毒がある。種子は堅く、なかなか発芽しないが、鳥が食べて砂嚢で揉まれて糞と一緒に排泄されると、発芽しやすくなると言われている[15]

有毒成分[編集]

果肉を除く葉や植物全体に有毒・アルカロイドタキシン(taxine)が含まれている[15][7]。種子を誤って飲み込むと中毒を起こす。摂取量によっては痙攣を起こし、呼吸困難で死亡することがあるため注意が必要である。

変種、品種[編集]

イチイの変種品種などとして下記のものがある[16]

  • Taxus cuspidata イチイ
    • ver. cuspidata
      • f. luteobaccata キミノオンコ
    • ver. nana キャラボク
      • 'Aurescens' オウゴンキャラ

キャラボク[編集]

イチイの変種であるキャラボク(伽羅木) Taxus cuspidata var. nanaは、常緑低木で高さは0.5 - 2メートル、幹は直立せずに斜に立つ。根元から多くの枝が分かれて横に大きく広がる。雌雄異株で、花は春(3 - 5月)に咲き、雌木は秋(9 - 10月)になると赤い実をつけ、味はわずかに甘い。

本州日本海側の秋田県真昼岳 - 鳥取県伯耆大山の高山など多雪地帯に自生する。鳥取県伯耆大山の8合目近辺に自生するキャラボクはダイセンキャラボクと呼ばれ、その群生地は「大山のダイセンキャラボク純林」として特別天然記念物に指定されている。また、国外では朝鮮半島にも分布する。

名の由来は、キャラボクの材が、香木キャラ(伽羅)に似ているためだが、全くの別種である。

キャラボクと通常のイチイを比べた場合。全体的にはイチイの方が葉が明らかに大きい。イチイとの最大の違いは、イチイのように葉が2列に並ばず、不規則に螺旋状に並ぶ点である。ただし、イチイも側枝以外では螺旋状につくので注意が必要である。

用途[編集]

樹齢27年のイチイ。外周部は白太、心材と樹心は赤身、濃い放射状の部分は節目である。
イチイの

植木[編集]

耐陰性、耐寒性があり刈り込みにもよく耐えるため、北海道など日本北部の地域で庭木や生垣に利用される[7]。刈り込みに強い性質から、しばしばトピアリーの材料に用いられ、日本でも鶴や亀などの刈り込が作られることもある[14]

東北北部と北海道ではサカキヒサカキを産しなかったため、サカキ、ヒサカキの代わりに玉串など神事に用いられる[17]。また、神社の境内にも植えられる。

木材[編集]

木材としては年輪の幅が狭く緻密で狂いが生じにくく加工しやすい、光沢があって美しいという特徴をもつ[18]。紅褐色をした美しい心材が多く、彫刻品などの工芸品、器具材、箱材、机の天板、天井板、鉛筆材として用いられ[19][7]岐阜県飛騨地方の一位一刀彫が知られる[20]

水浸液や鋸屑からとれる赤色の染料(山蘇芳)も利用される[21]ヒノキよりも堅いとされることや希少性から高価である。

アイヌもそのアイヌ語名が示すように弓の材料として用いたほか、小刀の柄、イクパスイ(酒箸)に用いた[11]。また、心材や内皮を染色に用いていた[11]

果実[編集]

前述のように果実は種子が有毒であるが、果肉は甘く食用になり、生食にするほか、焼酎漬けにして果実酒が作られる[7]

アイヌも果実を「アエッポ(aeppo)」(我らの食う物)と呼び、食していたが、それを食べることが健康によいという信仰があったらしく、幌別(登別市)では肺や心臓の弱い人には進んで食べさせたとされ、樺太でも脚気の薬や利尿材として果実を利用した[11]

[編集]

葉はかつて糖尿病の民間薬としての利用例があるが、薬効についての根拠はなく、前述のように葉も有毒である。なお、樺太アイヌには葉の黒焼きを肺病喀血患者に煎じて飲ませる風習があった[11]

保全状態評価[編集]

LOWER RISK - Least Concern (IUCN Red List Ver. 2.3 (1994))[1]

ワシントン条約の附属書IIに掲載されている[22]

地方公共団体の木[編集]

都道府県[編集]

市町村[編集]

エピソード[編集]

イチイの花言葉は、「高尚」とされる[7]

ヨーロッパの文学や神話伝承でしばしば「イチイ」と訳される樹木が登場するが、基本的に、近縁種のセイヨウイチイTaxus baccata)のことである。イチイと訳されるヨーロッパ諸言語(英語: yewドイツ語: Eibeフランス語: if など)は、広義にはイチイ属を広く意味する。

ロビン・フッドはイチイと関係が深い。リチャード王に忠誠を誓い、その信頼を得て暴れまわっていたロビン・フッド。ところがリチャード王が亡くなり、マリア姫も失い、ロビン・フッドは討ち取られることになる。新しい王の部下と戦い、傷ついた彼は、修道院長である妹にかくまってもらう。やがて駆け付けたリトルジョンに、「この矢の落ちた先に埋葬してくれ。」といい、最後の力を振り絞って矢を放つ。矢が刺さったのはイチイの木の根元で、彼はそのイチイの木の根元に埋葬された[23]

ル=グウィン著の『ゲド戦記』で、当初ハイタカが愛用していた杖は「イチイの木」でできた杖であった。同書では、イチイの木は人を叩いても、傷つけない特殊な木として扱われている。

脚注[編集]

  1. ^ a b Conifer Specialist Group 1998. Taxus cuspidata. In: IUCN 2010. IUCN Red List of Threatened Species. Version 2010.4.
  2. ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Taxus cuspidata Siebold et Zucc.”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2022年1月27日閲覧。
  3. ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Taxus biternata Spjut”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2022年1月27日閲覧。
  4. ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Taxus caespitosa Nakai var. angustifolia Spjut”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2022年1月27日閲覧。
  5. ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Taxus caespitosa Nakai var. latifolia (Pilg.) Spjut”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2022年1月27日閲覧。
  6. ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Taxus cuspidata Siebold et Zucc. var. borealis Tatew. et Yoshimura”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2022年1月27日閲覧。
  7. ^ a b c d e f g h i j k l m n 田中潔 2011, p. 53.
  8. ^ a b 辻井達一 1995, p. 6.
  9. ^ イチイ”. www.hro.or.jp. 2021年11月6日閲覧。
  10. ^ 第39回(公社)日本口腔外科学会中部支部学術集会 オプショナルツアー 周辺情報”. 信州大学. 2020年9月2日閲覧。
  11. ^ a b c d e f アイヌ語辞典 日本語名:イチイ(方言:オンコ) アイヌ語名:ラルマニ”. アイヌ民族文化財団. 2022年4月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年4月9日閲覧。
  12. ^ 斎藤 (1986), p. 47
  13. ^ a b 辻井達一 1995, p. 7.
  14. ^ a b 辻井達一 1995, p. 8.
  15. ^ a b c 辻井達一 1995, p. 9.
  16. ^ 米倉浩司・梶田忠(2003-) 「BG Plants 和名−学名インデックス」(YList)
  17. ^ 斎藤 (1986), p. 215
  18. ^ 斎藤 (1986), p. 94
  19. ^ 斎藤 (1986), pp. 96–100
  20. ^ 斎藤 (1986), pp. 101–103
  21. ^ 斎藤 (1986), p. 95
  22. ^ CITES species database
  23. ^ 瀧井康勝『366日誕生花の本』日本ヴォーグ社、1990年11月30日、270頁。 

参考文献[編集]

  • 斎藤新一郎『オンコ』北海道新聞社、1986年。ISBN 4-89363-1586 
  • 田中潔『知っておきたい100の木:日本の暮らしを支える樹木たち』主婦の友社〈主婦の友ベストBOOKS〉、2011年7月31日、53頁。ISBN 978-4-07-278497-6 
  • 辻井達一『日本の樹木』中央公論社〈中公新書〉、1995年4月25日、6 - 9頁。ISBN 4-12-101238-0 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]