イズリントン・ロンドン特別区

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イズリントン・ロンドン特別区
London Borough of Islington
Islington
グレーター・ロンドン内における位置
地理
行政上の地位 ロンドン特別区
面積
— 総面積
324位 (326地区中)
14.86 km²
ONSコード 00AU
人口統計
人口
— 合計 (2010年推定)
— 人口密度
86位 (326地区中)
194,100人
13,062人 / km²
民族構成 75.2% 白人
(58.4% 英国人
4.5% アイルランド人
12.3% その他)

1.2% カリブ系混血
0.7% アフリカ系混血
1.1% アジア系混血
1.2% その他 混血
2.2% インド人
0.8% パキスタン人
2.3% バングラデシュ人
1.0% その他のアジア系人
4.2% カリブ系黒人
5.2% アフリカ系黒人
1.0% その他の黒人
2.3% 中国人
1.7% その他

政治
行政府 Leader & Cabinet
首長 Cllr Phil Kelly
英国議会下院選出議員 Jeremy Corbyn
Emily Thornberry
ロンドン議会
選出議会議員
North East
Jennette Arnold
ポストコード
警察
EC, N, WC
ロンドン警視庁
公式サイト www.islington.gov.uk


イズリントン・ロンドン特別区 (イズリントン・ロンドンとくべつく、: London Borough of IslingtonEn-uk-LBIslington.ogg 発音[ヘルプ/ファイル]) は、イギリスの首都ロンドン (グレーター・ロンドン) を構成する特別区の一つ。1965年にイズリントン大都市行政区とフィンズベリー大都市行政区とが合併し誕生した。イズリントン北とイズリントン南およびフィンズベリーの2選挙区を有する。

イズリントン地区のCAAハウスには民間機航空安全局(CAA)の本部が置かれている[1]。また、ハロウェイ地区にはフレートライナー都市農園があり、ウサギ、ウシ、チキン、ブタなどの家畜も含め全面的に無料開放されている。

地名[編集]

元々、イズリントンはサクソン人によって1005年にGiseldone、1062年にGislanduneと名づけられた。「ギスラの丘」という意味で、イギリスで昔用いられた「ギスラ」という人名からとられた。後にIsledonと改められ、17世紀に近代的な言語様式が誕生した後もそのまま用いられた[2]。中世、イズリントンはこの地に数多あった小荘園の一つでしかなく、ほかにはBernersbury、Neweton Berewe、Canonesburyなどがあった。「イズリントン」という地名はこれらの村々を束ねる教区として初めて用いられ、1899年に組織された大都市行政区にも「イズリントン」の名が付された。後にフィンズベリー大都市行政区と合併し、「イズリントン」はさらに拡大した。

地区[編集]

下位行政区[編集]

  • イースト・カノンバリー (East Canonbury)
  • カノンベリー (Canonbury)
  • カレドニアン (Caledonian)
  • クラーケンウェル (Clerkenwell)
  • ジャンクション (Junction)
  • セント・ジョージズ (Saint Georges)
  • セント・ピーターズ (Saint Peters)
  • セント・メアリーズ (Saint Marys)
  • トーリントン (Tollington)
  • ニューイントン・グリーン (Newington Green)
  • バーンズベリー (Barnsbury)
  • ハイベリー・イースト (Highbury East)
  • ハイベリー・ウェスト (Highbury West)
  • ハロウェイ (Holloway)
  • バンヒル (Bunhill)
  • ヒルライズ (Hillrise)
  • フィンズベリー・パーク (Finsbury Park)
  • マイルドメイ (Mildmay)

交通[編集]

役所

幅広い公共交通を有しており、シティやウェスト・エンドまで乗り換えなしで行くことができる。区内に位置する地下鉄駅からはロンドンのほとんどの場所へ行くことができる。

地下鉄駅[編集]

主にピカデリー線ヴィクトリア線ノーザン線が通る。

地上駅[編集]

刑務所[編集]

イズリントンのペントンヴィルには男性が収容されるペントンヴィル刑務所、かつて多くの女性参政権論者が収容されたハロウェイ女性刑務所がある。ペントンヴィル刑務所にはこれまで、下記の有名人も収容された。

  • ホーレイ・ハーヴェイ・クリッペン - 妻を殺害した罪で1910年に処刑
  • 毒殺者フレデリック・セドン - 1912年に所内で処刑
  • ジョン・クリスティー - 妻を殺害した罪で1953年に処刑
  • チャールズ・ピース - 悪名高い強盗、殺人犯
  • ティモシー・エヴァンス - ジョン・クリスティーと同じところに住んでいた不当被告人
  • ネヴィル・ハース - 2人の女性を殺害した罪で1946年に処刑
  • サイモン・ディー - 司会者
  • タキ・テオドラコプロス - ゴシップ誌「ザ・スペクテイター」のコラムニスト。コカイン所持の罪で1984年に3ヶ月間収容。後に、この経験をもとにして「Nothing to Declare」という本を出した
  • デイヴィッド・アーヴィング - 歴史家
  • ジョン・アルフォード - 記者に違法薬物を売った罪で1999年に6週間収容
  • ストラングラーズヒュー・コーンウェル - 薬物所持の罪で収容
  • ベイビー・シャンブルズザ・リバティーンズピート・ドハーティ - 2005年2月に4日間収容され、後に保釈金を支払い保釈された。後にベイビー・シャンブルズとして出したアルバム「ダイン・イン・アルビオン」には刑務所に関する楽曲が収録されており、そこには「ペントンヴィル」という固有名詞が登場する
  • ブレイク・フィールダー=シヴァル - エイミー・ワインハウスの夫。痛ましい身体的危害を与え、正義の道を陥れようとした罪で2008年に収容
  • ボーイ・ジョージ - 男娼を監禁した罪で2009年に収容

観光スポット[編集]

  • アルメイダ劇場
  • プレザンス・シアター・イズリントン
  • コーティヤード劇場
  • エミレーツ・スタジアム(およびハイベリーの旧アーセナル・スタジアム
  • イズリントンN1センター
  • カノンベリー・スクエアにあるエストリック近代イタリア美術コレクション
  • ヘン・アンド・チッケンズ劇場
  • パークハースト・ロードにあるイズリントン・アーツ・ファクトリー
  • キングズ・クロスのニュー・ワーフ・ロードにあるロンドン運河博物館
  • フィンズベリー図書館内にあるイズリントン博物館
  • 同館内にあるイズリントン郷土史センター
  • ザ・キングズ・ヘッド劇場
  • サドラーズウェルズ劇場
  • ユニオン教会
  • ピーター・ベネンソン・ハウス - アムネスティ・インターナショナルの本部
  • リトル・エンジェル劇場 - 人形劇の劇場で、ロンドン・サスペンス人形劇フェスティバルのプロデューサー
  • N1センター内にあるVUEシネマ
  • ハロウェイ・ロードにあるオデオン・シネマズ

人口動態[編集]

人口の推移
年度 人口   ±%  
1801 65,721 —    
1811 83,679 +27.3%
1821 108,333 +29.5%
1831 137,271 +26.7%
1841 162,717 +18.5%
1851 214,090 +31.6%
1861 266,010 +24.3%
1871 317,930 +19.5%
1881 369,850 +16.3%
1891 397,799 +7.6%
1901 405,301 +1.9%
1911 412,944 +1.9%
1921 401,054 −2.9%
1931 389,513 −2.9%
1941 324,143 −16.8%
1951 269,743 −16.8%
1961 232,258 −13.9%
1971 200,022 −13.9%
1981 157,512 −21.3%
1991 173,384 +10.1%
2001 175,787 +1.4%
2009 200,000 +13.8%
出典:A Vision of Britain through time

現在の特別区域を占めていた教区には、1801年時点で6万5721人が住んでいた。その19世紀、人口は着実に増加し、中葉に20万人を突破、さらに鉄道が開通すると増加率も伸び、19世紀終盤には40万人を記録した。しかしフィンズベリー大都市行政区と合併するととりわけ貧困や重度の過密状態に苦しめられ、第一次世界大戦前をピークに徐々に減少、1944年にはロンドン・アベルクロンビー計画が策定されニュータウンへの移転が進んだ。その後、1980年代から徐々に増加してきたが、未だ60年代レベルほどしか回復していない。

2001年の国勢調査によると、イズリントンには17万5797人が住んでいる。うち75%が白人で、6%がアフリカ系黒人、5%がカリブ系黒人、2%がバングラデシュ系で占められる。住民の32%が持ち家である。

教育[編集]

大学[編集]

区内には2校の高等教育機関が置かれている。ノーザンプトン・スクエアにあるシティ大学ロンドン(旧ノーザンプトン研究所)は1894年に設立された。一方、ハロウェイ・ロードには2002年に北ロンドン大学とロンドン・ギルダール大学が合併し誕生したロンドン・メトロポリタン大学の北部キャンパスが置かれている。

カレッジ[編集]

加えて、継続教育機関もシティ・アンド・イズリントン・カレッジとウェストミンスター・キングズウェイ・カレッジの2校が置かれている。

学校[編集]

区内には小学校が47校、中等学校が10校、特別学校が3校、生徒委託ユニット(PRU、なんらかの理由で学校に行けなくなった子どもに教育の機会を与える施設)が5校ある。

架空の事象[編集]

ダグラス・アダムズの小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』で、主要登場人物のうちの3人(アーサー・デント、トリリアン、ザフォド・ビーブルブロックス)が初めて顔を合わせるのがイズリントンのアパートで行われた「ファンシー・ドレス・パーティー」であった。

2006年公開の映画『私の婚活恋愛術』(Love and Other Disasters)で、ブリタニー・マーフィ演じる主人公はイズリントンの役所で結婚した。

脚注[編集]

外部リンク[編集]