イシドール・フィリップ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
イシドール・フィリップ
Isidore Philipp
1908年ヌイイ=シュル=セーヌにて}
基本情報
出生 1863年9月2日
ハンガリーの旗 ハンガリーブダペスト
死没 1958年2月20日(満94歳没)
フランスの旗 フランスパリ
職業 ピアニスト音楽教育者

イシドール・フィリップIsidore Philipp, 1863年9月2日 ブダペスト1958年2月20日 パリ)はハンガリー系フランスピアニスト・音楽教育者。

少年時代にパリに移る。パリ音楽院ピアノショパン門下のジョルジュ・マティアスに師事。1883年に音楽院を首席で卒業してからは、カミーユ・サン=サーンススティーヴン・ヘラーリスト門下のテオドール・リテールに師事。1890年にソリストとしてロンドンにデビューする。

1903年から1934年まで母校の教授を務める。それに加えてフォンテーヌブローのアメリカ音楽院でも教鞭を執る。主要な門人にアーロン・コープランドギオマール・ノヴァエス、ヴィルフリート・ペレチエ、アルベルト・シュバイツァーアレクサンドル・チェレプニンアンリエット・ピュイグ=ロジェベヴァリッジ・ウェブスターモニク・ド・ラ・ブリュショルリらがいる。

1940年米国に移住し、かつての門人ドワイト・アンダーソンの援助のもと、さしあたってルイスヴィルに落ち着く。その後はニューヨークモントリオールで教鞭を執った。1955年、92歳のとき告別演奏会を開催。

1977年にルイスヴィル大学において、「米国リスト協会」の看板のもとにフィリップ文庫が創設された。フィリップの作品のほかに新聞報道や写真にくわえて、リストやサン=サーンス、マスネブゾーニらといった大家や門人と取り交わされた私信が保存されている。