イザベル・サルリ

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Isabel Sarli
イザベル・サルリ
イザベル・サルリ
本名 Hilda Isabel Gorrindo Sarli Tito
別名 Coca Sarli
生年月日 1935年7月9日(78歳)
出生地 アルゼンチンの旗 アルゼンチン エントレ・リオス州コンコルディア
職業 モデル女優
配偶者 アルマンド・ボー

イザベル・サルリIsabel Sarli, 1935年7月9日 - )は、アルゼンチンモデル女優である[1]。本名イルダ・イサベル・サルリ・ゴリンド・ティトHilda Isabel Sarli Gorrindo Tito)。原音に忠実な表記はイサベルであるが、日本では本項目名で知られる[2][3][4]

来歴・人物[編集]

1935年(昭和10年)7月9日、アルゼンチンのエントレ・リオス州コンコルディアに生まれる[1]

La leona 撮影中のイザベル(左)とボー、1964年。

1955年(昭和30年)、同年度の「ミス・アルゼンチン」のタイトルを獲得、イルダ・イサベル・サルリの名で、同年度のミス・ユニバースミス・ユニバース1955)に出場する[1][5]。同大会は、スウェーデン代表のヒレヴィ・ロンビンが第1位、日本代表の高橋敬緯子が第5位を獲得した年である[5]

俳優から監督も手がけるようになったアルマンド・ボーに抜擢され、1956年(昭和31年)、『女体蟻地獄』にボーとともに主演して、映画界にデビューする[1]。以降、ボーの監督作を中心に女優として活躍、時期は不明であるが、ボーと結婚した[1]

1980年(昭和55年)に公開されたボーの監督作 Una viuda descocada に出演したのを最後に、映画界を退く[1]。1981年(昭和56年)10月8日、ブエノスアイレスでボーが死去し、同作はボーの遺作となった[6]

1996年(平成8年)、ホルヘ・ポラコの監督作に出演、16年ぶりにカムバックした[1]。2008年(平成20年)、アルゼンチン映画批評家協会功労賞を受賞した[1]。2009年(平成21年)にもボラコの監督作に出演している[1]

フィルモグラフィ[編集]

特筆以外はすべて出演作である[1]。劇映画の出演作に関してはフルリストである[1]

関連事項[編集]

[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k Isabel Sarli, Internet Movie Database (英語), 2010年10月18日閲覧。
  2. ^ イザベル・サルリ、キネマ旬報映画データベース、2010年10月18日閲覧。
  3. ^ イザベル・サルリ、allcinema ONLINE, 2010年10月18日閲覧。
  4. ^ イザベル・サルリ、movie-fan.jp, 2010年10月18日閲覧。
  5. ^ a b Universe 1955,pageantopolis.com (英語), 2010年10月18日閲覧。
  6. ^ Armando Bo - インターネット・ムービー・データベース(英語), 2010年10月19日閲覧。

外部リンク[編集]