イザベラ・デステ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
イザベラ・デステ(ティツィアーノ画)

イザベラ・デステ(Isabella d'Este Gonzaga 1474年5月18日 - 1539年2月13日)は、イタリアルネサンス期のマントヴァ侯夫人。文芸を保護したことでも知られる。イザベッラ・デステとも表記される。

フェラーラエステ家出身。フェラーラ公エルコレ1世・デステナポリフェルディナンド1世の娘エレオノーラ・ディ・ナポリの間に生まれた。16歳でマントヴァ侯フランチェスコ2世・ゴンザーガと結婚。才色兼備で知られ、高い教養と外交手腕を持っていた。詩人ルドヴィーコ・アリオスト、画家アンドレア・マンテーニャをはじめ多くの文化人がイザベラを慕って集まり、マントヴァの宮廷に華やかなルネサンス文化が花開くことになった。個人コレクションを書斎(ストロウディオーロ)、洞窟(グロッタ)に集めた。弟のアルフォンソ1世・デステとは仲が良く、彼が悪名高いボルジア家ルクレツィア・ボルジアと結婚する話が出た時には、猛反対したという。

レオナルド・ダ・ヴィンチ1500年、マントヴァに立ち寄り、イザベラの素描を残している。「モナ・リザ」のモデルは、通説ではジョコンダ夫人とされるが、イザベラがモデルだとする研究者もいる。ティツィアーノもイザベラの肖像画を描いている。

子女 [編集]

関連書 [編集]