イオマンテ

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イオマンテ(iomante)とはアイヌの儀礼のひとつで、ヒグマなどの動物を殺してその魂であるカムイを神々の世界(kamuy mosir)に送り帰す祭りのことである。

言葉としてはi「それを」+oman「行く」+te「何々させる(使役動詞語尾)」という意味。「それ」とは恐れ多いカムイの名を直接呼ぶ事を避けた婉曲表現であり、従ってイオマンテとは「カムイを行かせる」儀式の意である。また、語頭のiとoの間に渡り音のyが挿入されてiyomante=イヨマンテという発音になることも多い。

単にイオマンテという場合、ヒグマのイオマンテを指すことが多い。しかし、本来はカムイであればどんなカムイでも構わず、一部の地域ではシマフクロウのイオマンテを重視する。またシャチを対象とするイオマンテもある。

また、地方によっては飼育したヒグマを対象とする儀式をイオマンテ、狩猟によって補殺した野生のヒグマを対象とする儀式をカムイ・ホプニレ (kamuy hopunire)と呼んで区別する場合もある。 ちなみにこのホプニレとはho「尻」+puni「何々を持ち上げる」+re「使役動詞語尾」で「(カムイを)発たせる」の意味。狩猟で殺された直後の獣のカムイは、魂(ramat)の形で両耳の間に留まっているという。そこでカムイ・ホプニレの儀式では祭壇を設えてヒグマの頭部を祀り、酒食やイナウを捧げてそのカムイに神々の世界にお帰り頂くのである。

目次

[編集] 概要

冬の終わりに、まだ穴で冬眠しているヒグマを狩る猟を行うが、そこに冬ごもりの間に生まれた小熊がいた場合、母熊は殺すが(その際前述のカムイ・ホプニレを行う)、小熊は集落に連れ帰って育てる。最初は、人間の子供と同じように家の中で育て、赤ん坊と同様に母乳をやることもあったという。大きくなってくると屋外の丸太で組んだ檻に移す。やはり上等の食事を与える。1年か2年育てた後に、集落をあげての盛大な送り儀礼を行ってヒグマを屠殺、解体してその肉を人々にふるまう。

これは宗教的な解釈では、ヒグマの姿を借りて人間の世界にやってきたカムイを一、二年間大切にもてなした後、見送りの宴を行って神々の世界にお帰り頂くものと解釈される。ヒグマを屠殺して得られた肉や毛皮は、もてなしの礼としてカムイが置いて行った置き土産であり、皆でありがたく頂くというわけである。

類似の熊送り儀礼は、樺太周辺のニヴフなど、ユーラシアタイガの内陸狩猟民族に広く見られており、イオマンテもその一種である。

北海道におけるイオマンテの儀式は1955年に北海道知事名により出された通達によって「野蛮な儀式」とされ事実上禁止されたが、2007年4月、通達は撤回された。

[編集] イオマンテの起源

アイヌ文化期に先行する擦文文化期の遺構からは熊に関連する祭祀の痕跡が見当たらないことから、イオマンテはオホーツク文化からトビニタイ文化を経由してアイヌ文化に取り込まれたとの見方がある。詳細はトビニタイ文化を参照のこと。

[編集] 映像作品

1977年に、平取町二風谷において萱野茂の指導のもとに行われた祭りの映像が、映像民俗学者の姫田忠義により「イヨマンテ 熊おくり」として記録されている。

[編集] 影響

昭和24年(1949年)、古関裕而作曲菊田一夫作詞による『イヨマンテの夜』がヒットし、広く知られるようになった。ただし、この歌の内容は、かがり火をたいて祭りを行うものになっていたり(送り儀礼は日中行われる部分が多く、夜間にもかがり火は焚かない)、アフリカの楽器であるタムタム(但しこの部分は単なる擬音ともとれる)が登場するなど、実際のイオマンテとはかけ離れている。メロディもアイヌの伝統音楽とはまったく関係のない歌謡曲調のものである。

[編集] 関連項目

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