イエール (ヴァール県)

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Hyères
Blason Hyères 83.svg
Hyeres aeroport porquerolles.JPG
行政
フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏
(département) ヴァール県
(arrondissement) トゥーロン郡
小郡 (canton) イエール=エスト小郡(小郡庁所在地)、イエール=ウエスト小郡(小郡庁所在地)、ラ・クロ小郡
INSEEコード 83069
郵便番号 83400
市長任期 ジャック・ポリティ
2008年-2014年
人口動態
人口 55 007人
2006年
人口密度 416人/km²
地理
座標 北緯43度07分12秒 東経6度07分54秒 / 北緯43.119879度 東経6.13161度 / 43.119879; 6.13161座標: 北緯43度07分12秒 東経6度07分54秒 / 北緯43.119879度 東経6.13161度 / 43.119879; 6.13161
標高 平均:? m
最低:0 m
最高:364 m
面積 132,28km² (1 3228ha)
Hyèresの位置
Hyères
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イエールHyères)は、フランスプロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏ヴァール県コミューントゥーロンの東16kmほどに位置し、時にはイエール=レ=パルミエ(Hyères-les-Palmiers、ヤシの木のイエール)と称される。

2つの小郡の郡庁所在地であり、市街はガポー川河口と地中海に面する。イエール=レ=パルミエとは、約7000本のヤシノキがコミューン内に植栽されていることと、育苗業が盛んであるためにつけられた愛称である。

1887年イエールにて、ステファン・リエジャールは『コート・ダジュール』という言葉を生み出した。

由来[編集]

ジアン半島
ピエトンヌ通り

イエールという名は、ローマ時代の地名アレアエ(Areae)から派生したものである。この都市の名は近接する塩田から生じたとみられている。イエールの名が文献に登場したのは963年で、アイラス(Eyras)またはエラス(Eras)であった。1801年には自治体がHièresまたはHyèresと綴った。プロヴァンス語の古典記載法ではイエラス(Ieras)となり、ミストラル方言ではイエロ(Iero)となった。

地理[編集]

コミューンには、イエール諸島と、有名なジアン半島(fr:Presqu'île de Giens)が含まれる。ジアン島は、本土と地中海の小島との間にある狭い海峡が海流で土砂が堆積し、半島状の地続きとなったものである。ポルケロル、ポル=クロ、ルヴァン諸島が含まれている。リル=ドール(îles d'Or 、黄金の島)という通称はルネサンス時代に生まれ、数カ所ある灯台の光で結晶片岩が照らされて金色に見えたことに由来する。

イエールの海岸線は39kmあり、プロヴァンス地方最南端である。プロヴァンス最古の気象台がある。

気候[編集]

コート・ダジュールにあるイエールは、暑く乾燥した夏、湿度があって温暖な冬が特徴である地中海性気候の恩恵を受けている。1983年11月28日、時速148kmという暴風を記録した。北をモール山地で守られているイエールだが、時にはミストラルが吹く。

7月から8月の平均最高気温は29℃で、1月から2月の平均最低気温は6℃である。年間の日射量は2899.3時間で、7月には373.8時間にもなる。降雨量は年間約665mmで、7月には7mm以下だが10月には90mmを超える。

年間300日以上が晴天であると市が発行する観光パンフレットに公言されているほど、天気のよい町である。


1月. 2月. 3月 4月. 5月 6月 7月. 8月 9月. 10月. 11月. 12月. 年間
平均最高気温 (°C) 13 13 15 18 22 26 29 29 26 21 16 14 20,1
平均最低気温 (°C) 6 6 8 10 13 16 19 19 17 13 9 7 11,8
平均気温 (°C) 9 10 11 14 17 21 24 24 21 17 13 10 15,9
日照時間 (時間) 155,3 158,2 217,6 252,1 301,5 329,3 373,8 334,9 259,9 210,3 158,7 147,6 2899,3
平均降水量 (mm) 76,3 88,3 56,4 55,7 45,0 22,3 6,6 28,5 49,1 93,9 69,4 73,5 665,2
Source : Climatologie mensuelle à Toulon[1].

水理[編集]

イエールは、114kmある長い海岸線を持つ。ガポー川はイエール内を流れていく。

歴史[編集]

中世の城跡

紀元前6世紀、マッサリアからやってきたギリシャ人らが、地中海に飛び出た半島に商業基盤をつくった。オルビア(Olbia)という定住地の名はギリシャ語で幸せを意味し、彼らギリシャ人はゆっくりと周辺の土地へ広がっていった。

リグーリア海賊の侵入に伴い、イタリア本土への航海の安全を確保するために、稜堡の建設が強化された。2世紀頃、この地に移り住んだローマ人たちは、ギリシャ人の築いたオルビアに近い場所にガレー船の基地をつくった。

イエールが初めて名を文献に記されたのは、ローマ教皇レオ8世の教書と、ブルグント及びプロヴァンス王コンラートがモンマジュール修道院(ベネディクト会派)へイエールを割り当てる旨示した憲章においてである。そこには塩田があり漁業が行われていることが記されていた。

11世紀初頭から、イエールの地に城が築かれた。

1056年の憲章では、ガポー川の東にギィ・ド・フォスによってサン=ニコラ教会が建立されたことが記されていた。

1216年、レーモン=ジョフロワ・ド・フォスは、イエールの一部を含む私領を、実母から継承したリル=ドールの塩田と同様に、マルセイユへ売却した。

1257年9月14日、フォス家は残っていた『イエール城、イエール市街、イエール諸島、イエールの土地』を全てプロヴァンス伯シャルル・ダンジューへ売却するよう強いられた。

14世紀初頭のイエールは、プロヴァンス都市8番目の規模であるおよそ5000人の住民がいた。しかし、1347年にマルセイユから黒死病が流行しプロヴァンスで猛威をふるい、その人口の2/3を失った。その影響は大きく、わずか100年後には住民が1900人程度となった。

1481年、イエールを含むプロヴァンス全体がフランス王国直轄領となった。

経済[編集]

1980年代以降、イエールはフランス南東部で最重要の育苗及び園芸産業の地とみなされている。市西部には大規模な生花市場がある。温室では、バラアイリスストレリチアグラジオラスアネモネチューリップといった多種多様な切り花が生産される。生産品は全てヨーロッパで販売される。ヴァール県で生産される園芸関連の生産品は、地方生産全体の50%、国内生産全体の25%強に相当する。

イエールのワインは、1977年に認可されたコート=ド=プロヴァンスAOCである。毎年高い評価を受けるこのワインはヨーロッパのみならず、アメリカ合衆国、日本、オーストラリアへ輸出される。

史跡[編集]

  • サン=ブレーズ礼拝堂 - 12世紀にテンプル騎士団が建てた。1987年にフランス歴史文化財に指定された。
  • サン=ポール教会 - 宗教戦争時代に起きた出来事を伝える奉納物を常設展示する。テンプル騎士団が財宝をこの教会に隠したという伝説が残る。
サン=ブレーズ礼拝堂付属時計塔 
サン=ポール教会 

姉妹都市[編集]

参照[編集]

外部リンク[編集]