イエン・サリ
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イエン・サリ(Ieng Sary、本名:キム・チャン、Kim Trang、1925年10月24日 - 2013年3月14日)は、カンボジアの政治家。死去するまではポル・ポト派の内部で第3位の地位にあったといわれる[1]。
民主カンプチア副首相を歴任。
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概要 [編集]
- ベトナム出身。
- 1976年から1979年までカンボジアの副首相兼外務大臣を務める。クメール・ルージュにおける実力者。
- クメール・ルージュに加わったときに改名。
- ポル・ポトの義理の兄弟であった。
- 1996年に政府軍に降伏するまでクメール・ルージュのゲリラ戦の指導者であった。1996年に恩赦を与えられる。彼は2004年7月に心臓発作を起こし、治療のためタイに送られた。
しかし国際社会の努力とカンボジア政府の力でポル・ポト政権時代の虐殺が裁かれるカンボジア特別法廷が設置され[2]。
2007年11月、プノンペンの自宅で「戦争犯罪」と「人道に対する罪」で逮捕、翌年には妻のイエン・シリトも逮捕された。2010年9月、他の幹部らとともに起訴され[3]、裁判を受けていた。
2013年3月14日、プノンペンの病院で死去[4]。87歳没。
親族・家族 [編集]
- 妻・イエン・シリト
出典 [編集]
- ^ “ポル・ポト派ナンバー3死去、虐殺究明に影響も”. 読売新聞. (2013年3月14日) 2013年3月15日閲覧。
- ^ “開廷遅れるポル・ポト派特別法廷、判事らが規定調整協議-カンボジア(2007年03月07日13:54)”. AFP.BB.NEWS 2010年9月17日閲覧。
- ^ “ポト派元最高幹部起訴 カンボジア特別法廷,大量虐殺などで4人”. 東京新聞 2010年9月17日閲覧。
- ^ カンボジア:イエン・サリ氏死去 旧ポル・ポト政権幹部 毎日新聞 2013年3月14日閲覧