アーロン・プライヤー
| 基本情報 | |
|---|---|
| 通称 | シンシナティの荒鷲 ビースト(野獣) |
| 階級 | ジュニアウェルター級 |
| 身長 | 168cm |
| リーチ | 178cm |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1955年10月20日(57歳) |
| 出身地 | オハイオ州シンシナティ |
| スタイル | オーソドックス |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 40 |
| 勝ち | 39 |
| KO勝ち | 35 |
| 敗け | 1 |
アーロン・プライヤー(Aaron Pryor、男性、1955年10月20日 - )は、アメリカ合衆国の元プロボクサー。オハイオ州シンシナティ出身。元WBA・IBF世界ジュニアウェルター級(現スーパーライト級)王者。
歴代中量級ボクサーの中で最強の呼び声が高いボクサーの1人。そのボクシングスタイルは、おおよそ近代ボクシングらしからぬ荒々しいスタイルだが、野生の猛獣のようにしなやかな体と、無類のタフネス、相手が倒れるまでぶん殴る強打、そして無尽蔵のスタミナを生かした嵐のような連打を武器にアレクシス・アルゲリョやアントニオ・セルバンテスらボクシング界に名を残す強豪を次々に打ち破っていった。現役時代の異名はシンシナティの荒鷲(The Hawk)、またはビースト(野獣)。
また、息子のアーロン・プライヤー・ジュニアもプロボクサーである。
目次 |
来歴 [編集]
1980年8月2日、アントニオ・セルバンテス(コロンビア)に4RKO勝ちし、WBA世界ジュニアウェルター級を獲得。以降リングの貴公子アレクシス・アルゲリョ(ニカラグア)との2度の死闘を含め(いずれもKO勝ち)、8度防衛後に返上した。注目されたアルゲリョとの1戦目はいつも通りのインファイトを挑んだが後半は普段はあまり見せないアウトボクシングに徹し14Rにスタミナが切れてきたアルゲリョに連打を叩き込み失神させTKO勝ち、2戦目は序盤から主導権を握り1Rと4Rにダウンを奪い10Rにロープ際の連打で追い込み耐え切れなくなったアルゲリョがしゃがみ込んでKO勝ちの内容だった。1982年7月4日には亀田昭雄(日本)と対戦し、ダウンを奪われるも6RTKO勝ち(5度目の防衛)。
1983年、USBA国際部(後のIBF)の設立時に初代世界ジュニアウェルター級王者に認定された。同タイトルは2度防衛後に返上。返上後も引退せず、4戦ノンタイトル戦をこなしてから引退した。
なお、現役時代はドン・キングによってプロモートされており、ファイト・マネーのほとんどを搾取されていたため、人気ボクサーでありながら全く華やかな生活を送ることができなかったという。アマチュア時代には後に5階級制覇を達成するトーマス・ハーンズに大差の判定勝ちをしている。
1991年7月26日、故郷のオハイオ州シンシナティでコカインを売ろうとした容疑で逮捕され、約半年間刑務所に服役。その後、ドラッグリハビリセンターで出会った白人女性と結婚した。
戦績 [編集]
- 通算戦績:40戦39勝(35KO)1敗
- 世界戦戦績:11戦全勝(9KO)無敗
獲得タイトル [編集]
- 第24代WBA世界ジュニアウェルター級王座(防衛8度)
- 初代IBF世界ジュニアウェルター級王座(防衛2度)
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
| 前王者 アントニオ・セルバンテス |
第24代WBA世界ジュニアウェルター級王者 1980年8月2日 - 1983年(返上) |
空位 次タイトル獲得者 ジョニー・バンフス |
| 前王者 N/A |
初代IBF世界ジュニアウェルター級王者 1983年認定 - 1986年12月(返上) |
空位 次タイトル獲得者 ゲーリー・ヒントン |
