アーメド・サラ
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| 獲得メダル | ||
|---|---|---|
| 陸上競技 | ||
| オリンピック | ||
| 銅 | 1988 ソウル | 男子マラソン |
| 世界陸上競技選手権大会 | ||
| 銀 | 1987 ローマ | 男子マラソン |
| 銀 | 1991 東京 | 男子マラソン |
アーメド・サラ(Hussein Ahmed Salah, 1956年12月31日 - )は、ジブチの男子マラソン選手である。
目次 |
主な成績 [編集]
- 1985年ワールドカップマラソン・広島大会優勝
- 1987年ワールドカップマラソン・ソウル大会優勝 2連覇
- 1987年ローマ世界陸上選手権2位
- 1988年ソウルオリンピック3位(銅メダル)
- 1991年東京世界陸上選手権2位
現役時代 マラソン成績 [編集]
- 1,2時間17分29秒 2位 83.03.27 リヨン
- 2,棄権 83.08.14 ヘルシンキ・世界選手権
- 3,2時間12分34秒 2位 84.04.07 リヨン
- 4,2時間11分58秒 優勝 84.05.12 パリ
- 5,2時間15分59秒 20位 84.08.12 ロサンゼルス・オリンピック
- 6,棄権 84.12.02 福岡
- 7,2時間08分09秒 優勝 85.04.14 広島・ワールドカップ(世界歴代2位)
- 8,2時間23分01秒 優勝 85.08.16 カイロ・アフリカ選手権
- 9,2時間12分29秒 2位 85.10.27 ニューヨーク
- 10,2時間12分44秒 優勝 86.05.04 パリ
- 11,2時間09分57秒 2位 86.10.12 シカゴ
- 12,棄権 87.02.08 東京国際
- 13,2時間10分55秒 優勝 87.04.12 ソウル・ワールドカップ
- 14,2時間12分30秒 2位 87.09.06 ローマ・世界選手権
- 15,2時間07分07秒 2位 88.04.17 ロッテルダム(世界歴代2位)
- 16,2時間10分59秒 3位 88.10.02 ソウル・オリンピック(銅メダル)
- 17,2時間09分09秒 3位 89.04.23 ロンドン
- 18,2時間17分01秒 7位 90.04.22 ロッテルダム
- 19,棄権 91.04.21 ロッテルダム
- 20,棄権 91.05.26 ボルドー
- 21,2時間15分26秒 2位 91.09.01 東京・世界選手権
- 22,2時間13分29秒 8位 92.03.29 パリ
- 23,2時間19分04秒 30位 92.08.09 バルセロナ・オリンピック
- 24,2時間12分40秒 8位 93.04.18 ロンドン
- 25,2時間15分04秒 13位 94.03.06 ロサンゼルス
- 26,2時間11分19秒 4位 94.04.24 パリ
- 27,棄権 94.11.23 河口湖
- 28,2時間13分59秒 12位 95.02.12 東京国際
- 29,2時間12分43秒 3位 95.04.23 トリノ
- 30,2時間20分50秒 25位 95,08.12 エテボリ・世界選手権
- 31,2時間13分09秒 5位 95.10.28 春川
- 32,2時間14分15秒 優勝 96.04.20 ベオグラード
- 33,棄権 96.05.12 トリノ
- 34,2時間20分33秒 42位 96.08.04 アトランタ・オリンピック
- 35,2時間10分22秒 2位 96.10.20 ランス
- 36,2時間23分13秒 18位 97.04.19 ベオグラード
- 37,2時間12分53秒 優勝 97.05.25 ウィーン
- 38,2時間15分53秒 12位 97.10.26 春川
- 39,2時間12分44秒 2位 97.11.23 モナコ
- 40,2時間13分25秒 優勝 98.06.07 エンスヘデ
- 41,2時間14分35秒 7位 98.11.22 モナコ
プロフィール [編集]
- ジブチ・アリ・サビエ州アリ・サビエ出身。
- 1980年代に活躍したアフリカを代表する男子マラソン選手のひとりであり、当時、日本男子マラソン陣の最大のライバルのひとりであった。
- 当時、日本の第1人者であった中山竹通とは上記の広島で開催されたワールドカップマラソンでは、今も語り継がれる名勝負を演じ、ソウルオリンピックでも勝ち、結局中山竹通には2戦2勝であったが、同じアフリカ勢のダグラス・ワキウリ(
ケニア)にはローマ世界陸上選手権、ソウルオリンピックではともに後塵を拝する結果となった。 - レース中盤から後半にかけて自らスパートして独走、そのまま逃げ切って優勝するのが彼のスタイルであったが、その後レース終盤に大きくペースダウンして、一旦引き離した選手に追いつかれ逆転されてしまい、優勝を逃すケースが多かった。