アーデルハイト・マリー・フォン・アンハルト=デッサウ

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アーデルハイト・マリー・フォン・アンハルト=デッサウ
Adelheid Marie von Anhalt-Dessau
アンハルト=デッサウ家
Stauffer - Adelheid von Anhalt.jpg
称号 ナッサウ公妃
ルクセンブルク大公妃
全名 Adelheid Marie
アーデルハイト・マリー
Adélaïde Marie
アデライード・マリー
出生 1833年12月22日
デッサウ
死去 1916年11月24日(満82歳没)
ドイツの旗 ドイツ帝国、タウナス
配偶者 アドルフ
子女 ヴィルヘルム(ギヨーム4世)
フリードリヒ
マリー
フランツ・ヨーゼフ
ヒルダ
父親 フリードリヒ・アウグスト・フォン・アンハルト=デッサウ
母親 マリー・フォン・ヘッセン=カッセル
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アーデルハイト・マリー・フォン・アンハルト=デッサウAdelheid Marie von Anhalt-Dessau, 1833年12月22日 - 1916年11月24日)は、ルクセンブルク大公アドルフの2度目の妃。フランス語アデライード=マリー・ダナル=デソーAdélaïde-Marie d'Anhalt-Dessau)。

アンハルトレオポルト4世の弟であるフリードリヒ・アウグストとその妻でヘッセン=カッセル=ルンペンハイム方伯ヴィルヘルム(10世)の娘であるマリーの間の長女として、デッサウで生まれた。

1851年、当時ナッサウ公だったアドルフと結婚し、5子をもうけた(ドイツ名で記す)。

1916年、タウナス(現在のドイツヘッセン州の町)近郊の保養地で死去した。