アーデルハイト・マリー・フォン・アンハルト=デッサウ

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ルクセンブルク大公妃アデライード

アーデルハイト・マリー・フォン・アンハルト=デッサウAdelheid Marie von Anhalt-Dessau, 1833年12月22日 - 1916年11月24日)は、ルクセンブルク大公アドルフの2度目の妃。フランス語アデライード=マリー・ダナル=デソー(Adélaïde-Marie d'Anhalt-Dessau)。

アンハルトレオポルト4世の弟であるフリードリヒ・アウグストと、その妻でヘッセン=カッセル=ルンペンハイム方伯ヴィルヘルム(10世)の娘であるマリーの間の長女として、デッサウで生まれた。

1851年、当時ナッサウ公だったアドルフと結婚し、5子をもうけた(ドイツ名で記す)。

1916年、タウナス(現在のドイツヘッセン州の町)近郊の保養地で死去した。