アーサー・ウェイリー

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アーサー・ウェイリーArthur David Waley, 1889年8月19日 - 1966年6月27日)は、イギリス東洋学者。  

来歴・人物[編集]

経済学者デイヴィッド・フレデリック・シュロスの息子としてケント州タンブリッジウェルズに生まれる。本名アーサー・デイヴィッド・シュロス(Arthur David Schloss)。生家はロスチャイルド家に連なるユダヤ人の名門。

ラグビー校を経て1907年ケンブリッジ大学キングズコレッジに入学。古典学を専攻し、1910年に優秀な成績で卒業するも、病気療養のため進学を断念[1]。 その後の1913年より大英博物館に学芸員として勤務する。1914年、父方の祖母の旧姓であるウェイリーに改姓。

当時、古典日本語の辞書を含む資料等が入手困難な時代に日本語と古典中国語を独学で習得するなど、語学の才能を大いに示した。さらに、数々の翻訳を行なった。特に1921年~1933年に6巻に分けて出版された『The Tale of Genji』(源氏物語)の翻訳者として知られる。同書はタイムズ紙文芸付録で詳細な批評が掲載されるなど多大な影響を及ぼし、日本文学研究およびその後の翻訳ブームの火付け役とされる。今でも<The Tale of Genji>は英語圏で読まれており、ウェイリーは日本語古典および中国語古典研究の権威とされている。

人となり[編集]

天才型の奇人であった。ラフカディオ・ハーンを「日本を理解していない」と批判し、阿倍仲麻呂和歌について漢文で書かれた後に和歌に翻訳された可能性を指摘するなど、東アジアの古典語に通じていたが、現代日本語は操れなかった。イギリスから叙勲された際に喜んだ形跡がなかったことから、名誉にも無頓着であったと思われる。なお、来日しなかったのは「日本に幻滅したくなかったからだ」との憶測が語られているが、単に長旅が嫌いだったとの関係者の証言がある。また、ウェイリーが訳した『老子道徳経』の第四十七章には「戸を出でずして天下を知り、窓を窺わずして、天道を見る」との一節があり、自ら訳した老子道徳経を実践したのかもしれない。

源氏物語[編集]

アーサー・ウェイリー訳は抄訳版であり、欧米人に理解しやすいよう原書にない説明を入れるなど工夫が見られる。そのため、「自由すぎる翻訳」「原作に忠実でない」と批判がある一方、そのアレンジにより「原作より面白いのではないか」「原作を離れ、別の(素晴らしい)世界を構築している」と評する人達さえいる。当時「タイムズ紙」が「現代作家でもここまで心情を描ける作家はいない」と絶賛するなど、現在世界的に紫式部の評価が高いのは、紹介したウェイリーの功績とも言える。また同書に触発され、日本研究を志し大成した日本学者も多い。更に源氏物語を起点に他のウェイリーの訳著『The 'No' Plays of Japan』を読み、初めて<>に興味を持った人も多く、日本文化に対するその後の国際的評価の高まりを考えるに、直接のみならず間接を含む影響は極めて大きい。なお<The Tale of Genji>はその後、イタリア語ドイツ語フランス語などに二次翻訳された。現在でも在日外国人記者などが、来日前に上司に薦められる書とも言われ、日本を理解する必読の一冊とされる。

The Tale of Genji>を基にした佐復秀樹訳『源氏物語 ウェイリー版』が平凡社ライブラリー全4巻で、2008年から2009年にかけ刊行された。

影響[編集]

ドナルド・キーンがウェイリー訳の<The Tale of Genji>を読み「源氏物語がもたらした光明が忘れられぬ」と語っている他、日本研究家・中国研究家、翻訳家、文壇、文化人らに多数影響を与えた。音楽の世界においてはビートルズのメンバー(当時)だったジョージ・ハリスンの「The Inner Light」はウェイリー訳『老子道徳経』の一節(第四七章)から引用された、との指摘もある。また、他の音楽家においても、コンスタント・ランバート李白の詩を元に作曲し、マーチン・ダルビーがウェイリー訳に基づいて中国(風の)曲を作曲した。その他、直接か間接的な影響かは不明ながらコーネリアス・カーデュー孔子の詩に曲付けを試みるなど、世代に関係なく様々な影響を西洋にもたらしたとされる。

研究対象としてのウェイリー[編集]

ウェイリーの翻訳が多数の西洋人の心を掴んだ事から、比較文学の研究対象とされ、源氏物語の原典とウェイリー訳の加筆・省略・表現などを比較研究もある。また、ウェイリー自身を研究対象とすることもあり、平川祐弘が『アーサー・ウェイリー「源氏物語」の翻訳者』(白水社、2008年)で取り組んでいる。

またウェイリーは女性関係が複雑で、その生涯も興味の対象となっている。特に人妻で、晩年結婚したアリスンと、謎めいた女ベリルとの三角関係は、ウェイリー死後に出された、アリスン・ウェイリー『ブルームズベリーの恋』(井原真理子訳、河出書房新社、1992年)に詳しい。

評伝に宮本昭三郎『源氏物語に魅せられた男 アーサー・ウェイリー伝』(新潮選書、1993年)があるが、著者のあとがきでは、アリスンの著作はフィクション色が強く、参照は必要最少限しかしなかったと述べている。

著作[編集]

『The Tale of Genji』以外にも、1919年に『Japanese Poetry The 'Uta'』(和歌集で万葉集古今和歌集ほか)、1921年に『The 'No' Plays of Japan』(敦盛ほかの<謡曲集>、新版が2009年2月にチャールズ・イー・タトル出版で刊行)、1928年に『The Pillow Book of Sei Shonagon』(清少納言枕草子)他多数の英訳。

古典中国文学では『The Book of Songs』(詩経)、『The Way and Its Power』(老子道徳経)、『The Analects of Confucius』(孔子論語)、『Monkey』(西遊記、1993年に講談社英語文庫)、『The Poetry and Career of Li Po』(李白 詩と人生)他多数を英訳出版した。以下が邦訳。

脚注[編集]

  1. ^ 平川祐弘『アーサー・ウェイリー「源氏物語」の翻訳者』によれば、「卒業試験の際、初歩的な誤りをして、大学に残るという望みは断たれた」という。