アーグラ

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アーグラ
Agra
आगरा
آگرہ

タージ・マハル廟
位置
の位置図
座標 : 27°10′48″N, 78°1′12″E
行政
インド
  ウッタル・プラデーシュ州
 県 アーグラ県
 市 アーグラ
地理
面積  
  市域 188.40km2(73mi2
標高 171m(561ft
人口
人口 (2001年現在)
  市域 1,400,000人
    人口密度   7,431人/km2(19,246人/mi2
その他
等時帯 IST (UTC+5:30
Pincode 282 XXX
市外局番 +91(562)
ナンバープレート UP-80
公式ウェブサイト : http://agra.nic.in/
アーグラ城塞
アーグラ城塞から眺めたタージ・マハル

アーグラ(英語:Agra、ヒンディー語:आगरा、ウルドゥー語:آگرا )はインドウッタル・プラデーシュ州に属する都市。同州最大の都市で、人口は約131万6千人。アグラとも表記する。世界遺産に登録されているタージ・マハル廟、アーグラ城塞があることで知られる。現地語の発音では「アーグラー」に近い。

目次

[編集] 地勢・産業

ガンジス川最大の支流であるヤムナー川沿いに位置する都市で、古代より交通の要所として発展した。周辺地域における政治、経済、文化の中心。世界遺産にも定められているタージ・マハルなど多くの観光名所があり、多くの観光客が訪れる。近隣の都市としては、約180キロ北にデリー、220キロ西にジャイプル、300キロ東にラクナウーが位置している。

[編集] 歴史

古代叙事詩の『マハーバーラタ』において、アグラヴァナ(Agravana अग्रवन:「前方の森」の意)と表記されていた。3世紀プトレマイオスが制作した世界地図にも、その位置が記されている。1475年頃に、ラージャ・バダル・シンによって現代のアーグラとなる都市設立。16世紀初頭、最後のデリー・スルタン朝であるロディー朝がこの地に都をおいた。ロディー朝を倒して1526年ムガル帝国が建てられるが、その3代皇帝であるアクバルの時代に都として定められた。5代皇帝のシャー・ジャハーンは、愛妃ムムターズ・マハルの死を嘆き、この街にタージマハル廟を建てた。19世紀よりイギリスの支配下に入り、植民地統治の拠点の一つとなる。1927年にはアーグラ大学が建てられた。

[編集] 観光

世界的に知られるタージ・マハルのほか、ムガル帝国3代皇帝のアクバルが建てたアーグラ城塞ファテープル・シークリーと3つのユネスコ世界遺産に登録された遺跡がある。

  • タージ・マハル (The Taj Mahal):世界遺産に登録されているムガル帝国王妃の白亜の霊廟。ムガル帝国5代皇帝シャー・ジャハーンによって建立。
  • アーグラ城塞 (Agra Fort):ムガル帝国の栄光と権力を象徴する美しい城塞。ムガル帝国3代皇帝のアクバルが建設開始し、その後18世紀初頭まで建設が続けられた。赤砂岩で囲まれた城塞の中には、宮殿などの諸施設が建てられた。タージ・マハルの建設を命じたシャー・ジャハーンが7年間幽閉されていた囚われの塔(ムサンマン・ブルジュ)も、城壁の中にある。世界遺産に登録されている。
  • ファテープル・シークリー (Fatehpur Sikri):ムガル帝国3代皇帝のアクバルが建てた首都宮城。14年間あまりここで政事を行った。世界遺産に登録されている。
  • エーテマードゥ・ッ・ドウラー廟 (Itmad-Ud-Daulah's Tomb):ムムターズ・マハルの祖父、宰相ミルザー・ギヤース・ベーグ(敬称エーテマードゥ・ッ・ドウラー اعتماد الدوله :「国家の拠り所」の意)のために1622年に建てられた白大理石の霊廟。
  • シカンドラ (Sikandra):アーグラ郊外北西10kmにある城。1492年シカンダル・ローディによって首都宮城として建てられたが、その後ムガル帝国のアクバルの霊廟だけが残された。この霊廟は1613年建立。

[編集] 交通

[編集] 外部リンク

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