アンプ (音響機器)

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音響機器(オーディオ機器)におけるアンプ: amplifier)とは、音響を表現した電気信号増幅する機器である。日本語では慣例的に、英語名amplifier(アンプリファイア)を短縮させ「アンプ」と呼ばれることが多い。

SOUND WARRIOR SW-10 真空管アンプ

概要[編集]

1920年代真空管アンプ

さまざまある増幅器の一種である。用途、出力の大きさ、付加機能によりいくつかの種類がある。

初期の音響機器はアンプを持たず、微小な電気信号であっても感度が高いスピーカーを内蔵する事で済ませていた(ただし、あまり大きな音は出なかった)。

真空管アンプの登場

真空管が発明されると、電気信号の増幅、ひいては音声(音響)を表現した電気信号の増幅が可能となり、通信機ラジオ、電気蓄音機などの音響機器に組み込まれた。これがアンプの発祥である(真空管アンプ)。後に音響機器の種類が増えると、それぞれの音響機器にアンプを内蔵するのでなく、アンプ(とスピーカー)を筐体として独立させ、それに複数の音響機器を接続するようになった。エレクトロニクスの技術者などは、世界中で、アンプは購入したりせず、さかんに自作した。

トランジスタアンプの登場と真空管アンプの存続

トランジスタが登場し、1950年代以降にトランジスタのアンプも用いられるようになった(トランジスタアンプ)。ラジオなどではトランジスタアンプがさかんに使われるようになっても、趣味性の高いオーディオ観賞分野では、真空管アンプはトランジスタアンプと並び、依然として使われ続けている。真空管とトランジスタの増幅特性異なり、また真空管アンプでは出力トランスが介入することなどから、真空管アンプの音が「やわらい」「あたたかみがある」音に聞こえるのに対して、トランジスタアンプの音は「硬い」「つめたい」などと評論するユーザーがいる。

とは言え、トランジスタアンプによって低価格化、小型化が可能になり、電源を入れてすぐに稼働すること、また真空管のように寿命のために定期的に交換する必要が無いことから、普及帯のオーディオ機器では、ほぼすべてがトランジスタアンプになっていった。現在でも趣味性の高い高級音響機器や、ピックや奏法で過大入力が発生しやすい大出力ギターアンプ等では依然として真空管が使われている。

アンプICの登場

60年代以降には、真空管アンプおよびトランジスタアンプに加え、IC等も使われるようになった。内部の出力回路では、定電圧でも高出力が得られる電界効果トランジスターFETが使われることが多くなっている。

詳細は後述参照。

種類[編集]

レコードプレーヤーCDプレーヤーチューナーカセットプレーヤーなどの音響機器からのライン出力を受け、またセレクタやトーンコントロールなどを内蔵し、主として電圧を増幅し、次のパワーアンプを駆動する増幅器をコントロールアンプあるいは次のメインアンプと対置してプリアンプと呼ぶ。コントロールアンプからの出力を受け、主として電流(ないし電力)を増幅し、スピーカーなどを駆動する増幅器をパワーアンプあるいはプリアンプと対置してメインアンプと呼ぶ。これらを別々のコンポーネントにすることが広く行われたのでそれぞれを「プリアンプ」「メインアンプ」と区別するようになり、更にはそれらを一体化したものとしてプリメインアンプインテグレーテッドアンプ(総合アンプ)という呼称も生まれた。プリメインアンプの中には、プリ部とメイン部を切り離して使えるものもあった。

コントロールアンプ(プリアンプ)[編集]

コントロールアンプ(プリアンプ)は小さな(主としてラインレベルの)入力信号を増幅するだけでなく、音を細かく調整したり、入力を切り替えたりする機能を備えており、そのために高音域、中音域、低音域の音量を個別に調整する「トーン・コントロールつまみ」(=イコライザー (音響機器))や、ステレオの左右の音量を調整する「バランス調整つまみ」、入力を選択する「入力切替スイッチ」(入力セレクタ・スイッチ)などを備えている。

レコードが主力の媒体だった時代には、レコード盤の表面の溝のわずかな動きを拾って電気信号に変えるピックアップ・カートリッジの数mV程度の微小な出力を増幅する専用のアンプがプリアンプに備わっていることが一般的であった。特に、単純な増幅だけではなく、MCカートリッジの非常に微小な1mv以下の出力を増幅するヘッドアンプやトランスを内蔵するものがあった。

レコードではスクラッチノイズ等が多いため、プリアンプには高音を強めて録音し、再生時に高音を弱めるRIAA特性と呼ばれる周波数特性を持たせているのが普通である。またプリアンプには周波数特性を調整するトーンコントロール回路ラウドネス回路等を装備するのが一般的である。1980年代ごろからは主なメディアがCDに移行し、また画像信号を含めさまざまなマルチメディアのアナログ信号やデジタル信号を処理する能力をもついわゆるAVアンプと称するものが増加している。その一方で、趣味性の高いマニア向け高級音響機器ではそのような付加回路を一切排除した製品も存在する。

パワーアンプ(メインアンプ)[編集]

パワーアンプ(メインアンプ)はプリアンプからの出力を受けて電力増幅を行い、スピーカーなどを駆動する。

電力を増幅するだけであるため、入力制限用または出力調整用の「ボリュームつまみ」のみが付いているだけ、というものが一般的である。プロ用途や趣味性の高いマニア向け音響機器では、プリアンプ等にメインボリュームがあることを前提として音質の劣化の可能性のあるボリューム調整を廃したものも少なくない。

D級アンプを除いて、出力アンプは電源効率が低いアナログ式のA級もしくはAB級]動作をするものが多く、特に大出力のものほど発熱が多いため注意が必要である。ある程度発熱したほうが音質が優れるという特殊な解釈で故意に大出力アンプで放熱を適切に行わなかったために火災となった例もある。

インテグレーテッドアンプ(プリメインアンプ)[編集]

コントロールアンプ(プリアンプ)とパワーアンプ(メインアンプ)を一体化したものをインテグレーテッドアンプ(プリメインアンプ)という(これに対しコントロールアンプやパワーアンプをセパレートアンプと呼ぶことがある)。

通常はパワーアンプを内蔵しているのでスピーカ端子があり、1台でレコード再生やさまざまな入力の制御や増幅を行うことができる。コントロールアンプとパワーアンプを一体化したといっても、この場合はスイッチ操作もしくは、ジャンパープラグをはずすことで、内部でコントロールアンプ回路とパワーアンプ回路を分離して使用可能なものがある。

2010年頃からは CDプレーやーやAV機器の光ないし同軸のデジタル信号の処理機能やBluetooth機能をはじめ、さまざまな音響機器との接続や連動動作を可能とする機種が増えている。また多くの機種では赤外線によるリモートコントロール機器でコントロール可能である。

レシーバー[編集]

一般的にはインテグレーテッドアンプにラジオチューナーを内蔵したものをレシーバーという。スピーカーをつなぐだけでラジオ放送を聴くことができ小形に収まる。

欧米ではレコードプレーヤーを一体化したものが多かったが、わが国では趣味性のためにレコードプレーヤーを分離した製品が普及していた。一方コンパクトディスク (CD) プレーヤーやミニディスク (MD) プレーヤー等を内蔵しラジオ機能を有する製品はCDレシーバーと呼ばれる。最近ではそのような機種でも光または同軸のデジタル入力やBluetooth入力を持つ機種が増えている。さらにネットワークに接続してさまざまなストリーム再生やマルチメディア再生を可能とする機種をネットワークレシーバーと呼ぶことがある。

デジタルアンプ[編集]

アンプの動作としてはアナログ式のA級、AB級、B級と区別してデジタル信号を増幅するアンプをD級と総称している。

デジタルアンプではPWMPDM信号を増幅し、スピーカーの直前でローカットフィルターを通して通常のスピーカーを駆動するアナログ信号に復調している。低出力の安価なアンプではスピーカー自体のローカットフィルター効果に依存してフィルター回路を持たないものも多い。

入力は、通常のアナログ信号を入力し内部でデジタル信号に変換する場合と、光もしくは同軸あるいはUSBなどのデジタル信号を入力する場合があり、デジタル入力を使用する場合は「フルデジタル」などと呼ばれている製品もある。

D級増幅アンプでは基本的に内部のトランジスターもしくは電界効果トランジスターFETは直流電源に対し、ON、OFFのスイッチング動作しかせず、その途中の動作領域は使用しないため、電力消費が非常に少ない。このため低出力のものはアナログ増幅では必須の放熱器を持たないものもある。半導体技術の進歩により、キャラメル大のICのみで20Wを超える出力を持つものもある。

アナログ信号をデジタル信号に変換するには、三角波とコンパレーターを用いた比較的簡便なパルス幅変調回路のものから、アナログデジタル変換素子(AD converter)を利用するものがある。いったんアナログ信号をデジタル信号に変換すると、ボリュームやトーンコントロールは複雑なデジタル処理となるので、安価なデジタルアンプでは通常のアナログ回路によるボリュームやトーンコントロール処理の後でデジタル変換を行っていることが多い。また、低出力の安価なアンプではスピーカー自体のローカットフィルター効果に依存してフィルター回路を持たないものも多い。

市販のオーディオアンプでは、1977年に発売されたソニーのTA-N88が非常に初期のものである[1]。これは、自励発振型のPWM変調回路により入力信号からアナログ的にPWM波を生成するもので、今日のデジタルアンプの原型となるアンプである。

デジタルアンプはその電力効率の高さからミニコンポカーオーディオ携帯音楽プレーヤーなどのアンプ、また多チャンネルを扱うAVアンプ(後述)用としてよく用いられる。現在ではBluetoothスピーカーなど小型携帯用スピーカーでのシェアは大きい。いわゆる「高級オーディオ」としては、1999年8月にシャープが発売したΔΣ1bitデジタルアンプ SM-SX100が有名である。なお、デジタルアンプ技術としては、ソニーS-MasterS-Master PROオンキヨーのVL Digital、JVCケンウッド(JVCブランド。旧・日本ビクター)のDEUS、パイオニア(現・オンキヨー&パイオニア Pioneerブランド)のDirect Power FETなど、オーディオ機器メーカー各社により独自に開発が進められている。なお、ΔΣ変調とはパルス密度変調(PDM)の一種である。PDM復調については、古くから商用FM受信機でパルスカウント復調として使用されていた歴史がある。

かつてCDが登場した頃にデジタルアンプと呼ばれた製品は、DAコンバータを内蔵しデジタル入力を持つアンプの事であり、内部の増幅回路は通常のアナログ式であった。

なお、D級アンプは内部でパルス信号を発生するので、これが周囲のアナログ機器やAM受信機を妨害したりノイズが混入する可能性があるので、適切なシールドや電源フィルター等が必要となる。

AVアンプ[編集]

オーディオビジュアルアンプ。AVセンターとも呼び、AM/FMチューナーが搭載されているものはAVレシーバーと呼ぶ場合がある。

機能
映像信号の入出力端子を備え、AVセレクターとしての機能を持つ事がAVアンプとしては必須の機能である。初期のAVアンプの多くは、オーディオ用アンプにAVセレクター機能を付加しただけのものであったが、その後光もしくは同軸のデジタル入力を持つようになった。映像信号については当初はRCAのコンポジット信号のみであったが、2004年頃からHDMI入出力を備えたAVアンプが登場した。またHDMIの映像信号を中継や加工、解像度を加工するアップコンバートを持つものもある。
一方でレコード再生のためのフォノイコライザーは、次第に廃止傾向にあり、2019年現在では主に廉価モデルや中堅モデルで装備していないものが大部分を占めている。
2010年頃からは、DLNAAirPlayによるネットワークオーディオ機能やBluetoothによるワイヤレスオーディオ機能を持つ製品が登場している。
音声信号
2chステレオ音声のみに対応したものはAV アンプが登場した初期の製品のみであり、殆どの製品はサラウンド音声信号を加工あるいは発生する仮想サラウンド機能かを持つものがあった。

また、1980年代半ばからドルビーサラウンド対応へと発展した。1980年代末期にセンター信号と方向強調回路を付加し5chとしたドルビープロロジック が登場する。

1990年代後半以降、ドルビーデジタル方式が主にDVD-Videoソフトの普及によって浸透する事となる。一般的にフロント左右、サラウンド左右、センター、ウーハーの5.1ch分(ウーハーは再生する音声信号が低音成分のみの狭い音域のために、0.1chと表現されている)を扱う。DVD-Video・デジタル放送の普及に伴いDTSAACにも対応した製品が増えた。最近[いつ?]では2chや2.1chで仮想サラウンド再生が可能な製品が多く、ドルビープロロジックⅡ、ドルビープロロジックⅡx、DTS-ESなどが搭載された製品が登場してからは、サラウンドバックなどを加えた6.1ch、7.1ch、9.1ch音声を出力する製品も存在するようになった。現在では11.2ch対応製品も各社から発売されている。
BDソフトの登場に伴って、2007年頃から従来のS/PDIF端子では扱えないドルビーTrueHDDTS-HDマスターオーディオなどのハイレゾ音源に対応(低価格機種はTrueHD・DTS-HD等のデコーダを省略し、再生機側でデコードした非圧縮音声の再生のみ対応する場合がある)するようになった。
デジタルアンプ
AVアンプで「デジタルアンプ」を称する製品にはおおむね2系統あり、1980年代に見られたものは、DSP(デジタルシグナルプロセッサないしデジタル信号処理)による処理をおこなっていること、ないしDACを内蔵しデジタル入力を備えていることを以ってデジタルと称していたが、増幅回路の大半はアナログ式であった。21世紀に入って以降のものは、パワーアンプが前節で説明したような構成になっているデジタルアンプが増えている。これはAVアンプでは複数系統のパワーアンプを搭載する必要があるので、小型軽量で電源効率の良いD級アンプを搭載するのが有利となったからである。

ヘッドホンアンプ[編集]

ポータブルヘッドホンアンプ(ソニー・PHA-1A)

ヘッドホン専用のアンプ。ヘッドホン端子の無い製品に接続する目的や、より高音質でヘッドホンリスニングする為に使用される。スピーカー駆動に用いるプリメインアンプ等にもヘッドホン端子が存在するが、これらはスピーカー用の大きな出力をヘッドホン用に減衰させるために抵抗を直列に挿入しているが、ヘッドホン専用に小さな出力で構成されたヘッドホンアンプには、音質向上を目的として、この抵抗を用いていない。

複数台のヘッドホンの同時使用が可能な製品も存在し、録音スタジオ向けには複数のミュージシャンがヘッドフォンで同時にモニターする用途に使われる。異なる音源を個々のミュージシャンが好みのバランスでモニターするために、簡単なミキサーを内蔵したものもある。音楽CDを販売する店頭では、新譜の試聴にヘッドホンを用意していることがあり、1台のCDプレーヤーから複数の試聴者へ音楽再生する用途に使われる。

増幅素子と回路[編集]

先に述べた通り、多くの電化製品、電気製品においては、電気信号の増幅素子・回路としては、真空管から、トランジスタ、ICへと移行していった。しかし趣味性の高い音響機器としてのアンプにおいては、音を聴く者の好みという観点から、例外が多い。

例えば真空管を用いたアンプの音を好むオーディオマニアは多く、現在に至るまで製造・販売が続いている。また真空管アンプは回路構成が単純である事から、オーディオマニアが自作を行う例も多い。日本、アメリカ、西欧において、真空管の多くが製造終了となったため、ロシアや東欧、中国で引き続き生産されていた真空管が用いられる例が多かったが、近年はそれらの諸国でも真空管の製造が縮小傾向である。一方、オーディオマニア向けとして米国ウエスタンエレクトリック社では真空管の再生産を始めた。

また、集積していない回路(抵抗器、コンデンサー、トランジスター、ダイオードなど単機能の電子部品の組み合わせ)で行うディスクリートアンプ(discrete:別々の)にも、根強い人気がある。ディスクリートの利点としては、普及品ICより雑音特性が良いこと、高級な部品を選定すればより良い回路を組めることなどがある。音質的な嗜好から、三極管特性の真空管やそれに似た特性を持つ電界効果型トランジスターFETを選択する例も多い。

一般の電気機器ではパワーアンプのICを利用するのが一般的である。ICを用いる利点には、部品点数を減らして製造価格を下げられること、小型化できること、素子の特性が揃っていて、高度な保護回路を内蔵していて故障しにくいことなどである。特にAVアンプの場合は、多機能・多チャンネルに対応する回路を筐体内に収める必要性からIC化は必須の選択である。最近はさらに電力効率が高く小型軽量ながら高出力が得られることからD級アンプの採用が増えている。

基本的にはオーディオ用アンプは電圧を増幅している。主流のスピーカーはムービング・コイル型であり、電磁石であるため電流制御のほうが単純になるが、通常のスピーカーは電圧制御を念頭に音響的および電気的補正を加えて平坦な周波数特性を得ているため、電流制御では異なった周波数特性となる場合がある。

[編集]

ここではオーディオアンプ装置としての級について述べる。

アナログ回路における増幅素子の動作点には A 級・ B 級・ C 級がある(A 級と B 級の中間的なものを AB 級という)。 D 級その他は動作点ではなく方式の名前である。

真空管でグリッドに電流が流れ込む領域を使わない場合、級の名前に数字の 1 を添え(A1 級など)、グリッドに電流が流れ込む領域まで使用する場合は級の名前に数字の 2 を添えて(A2 級など)区別することがある。

オーディオ用アナログアンプは歪を小さくする必要があるので C 級は用いられず、 A 級か B 級(AB 級も)が用いられる。 A 級はシングル構成でもプッシュプル構成でも使えるが、 B 級や AB 級はプッシュプル構成でないと使えない(構成については増幅回路#代表的な構成方式を参照)。つまりシングル構成では A 級しか使えない。

オーディオ用アナログアンプの小信号部分は通常 A 級とする。しかし電力効率が悪いため、大電力を扱うパワーアンプ出力段まで A 級にすると発熱が多くなるので、半導体パワーアンプの出力段は B 級または AB 級とするのが普通である[2]。しかし出力段まで A 級とした半導体パワーアンプも存在する。つまりオーディオアンプでいうところの A 級アンプとか B 級アンプというのはパワーアンプ出力段についてのことを言っている。

真空管アンプは出力がさほど大きくないものが多いこと、負帰還量が少なく歪を打ち消しにくいことから、出力段も A 級のものが多い。

擬似 A 級[編集]

古典的な A 級は歪は少ないが発熱が多く、パワーアンプ出力段に用いると大出力は望めなくなる。しかしこの発熱問題を解決したとする A 級アンプが 1970 年代末頃から 1980 年代にかけて流行し、大出力と低歪率をアピールした[3]

プッシュプルでカットオフする側の素子のバイアスを切り替えたり波形を変形させて、バイアス電流が小さくてもカットオフしないようにしたものである。バイアス電流が小さいので発熱は少なく、カットオフしないので定義により A 級となる。メーカーは新 A 級などと呼んだが、ユーザーからは疑似 A 級とか、偽 A 級と呼ばれることすらあった。

擬似 A 級の各社の呼称例

他、多数。

D 級その他[編集]

1970 年代に日立 Lo-D が信号の大きさによって電源電圧を切り替え、効率を上げる「Dynaharmony」方式を「E 級」と称したことがあるが、一般的な呼称ではない。

デジタルアンプを D 級ともいう。効率の良さが利点であるがSACDDSDを直接再生するなどをはじめハイファイオーディオにも広まっている。 E 級(前述の Lo-D とは無関係)・ F 級もデジタルベースの技術だが高周波応用が主でオーディオとは今のところ関係ない。 G 級・ H 級は技術的には前述の擬似 A 級と類似した省電力化方式で、もっぱらポータブルオーディオなどにおいて D 級の次のトピックとなっている。

電圧帰還アンプと電流帰還アンプ[編集]

これ以外にアンプの特性を改善するための負帰還の方式について、電圧帰還式電流帰還式がある。通常のアンプで広い周波数帯域で一定の出力を得るために、出力の一部の極性を反転してアンプの初段に帰還させることが一般的である。通常はスピーカーへの出力電圧を分圧したものを、アンプの初段素子が真空管である場合はカソードへ、トランジスターの場合はエミッターに、FETの場合はソースに、初段が差動アンプの場合は、信号入力と極性が逆の入力に帰還させている。アンプの負帰還が無い場合の利得が十分高い場合は利得は負帰還の分圧比となる。この場合、スピーカーには入力に比例した電圧が加えられるが、実際にスピーカーにどのような電流が流れたかはアンプはいっさい関知しない。

周波数が高くなると負荷によってはアンプの出力の位相が回転するので、アンプが発振を起こすことがある。このため、通常の商用アンプでは発振防止のための位相補正回路が組み込まれている。

これに対し、スピーカーに実際に流れた電流を電圧の情報として初段に負帰還をかける電流帰還アンプがある。通常はアンプの出力とスピーカーの間に電流を電圧に変換するための抵抗を入れ、その両端電圧を初段に負帰還する。これにより、そのアンプでは入力電圧に比例した出力電流が絶えずスピーカーに流れることになる。そしてスピーカーを駆動する力は流れた電流に依存する。

スピーカーのインピーダンスは低音共振周波数foでピークとなり、その後中音域では低下するが、高域になるにしたがって再度増大する。このため、通常の電圧帰還アンプでは低音や高音ではインピーダンスの上昇のために十分な出力電流が得られない。一方電流帰還アンプでは出力電流は入力電圧に比例して一定のため、低音や高音でも十分な音声出力を得ることができる。

電流帰還アンプでは、スピーカーの駆動力がすべての周波数で一定となるために原理的には優れているとする意見がある。しかし、従来のスピーカーシステムは電圧帰還アンプで周波数特性がなるべく平坦となるように音響的および電気的補正が加えられているため、このようなシステムに電流帰還アンプを使用すると、インピーダンスが上昇する低音共振周波数付近領域や高域が強調された音になる。特に低音共振周波数付近が強調され、また電気的には電流帰還アンプの出力インピーダンスは無限大と等価になるため、ダンピングが不足するとの意見がある。また電気的なクロスオーバーネットワークにより位相が回転すると発振など動作が不安定となる場合がある。

電流帰還による電力制御は以前よりモーター駆動装置やメカトロニクス制御では一般的にであるが、山本智矢がネットで「山本式電流帰還アンプ[4]として、商用音響機器の出力アンプICに簡単な改造を施すことで実現できることを提案したことから一般に広まった。現在では大手メーカーのBluetooth音源やヘッドホンアンプ等にも採用されている[5]

山本が当初提案した回路は、アンプの出力につながるスピーカーの負極と接地間に低抵抗を挿入し、スピーカーを流れる電流によって抵抗に発生した電圧を初段の差動回路に負帰還する定電流増幅回路としては基本的でシンプルなものであった。しかしこの回路はBTLアンプや左右の負極が共通のヘッドホンアンプ等では利用できないので、スピーカーの正極側に挿入した抵抗の両端電圧を初段の差動回路に負帰還するさまざまな回路が提案、実用化されている。

なお、電圧帰還と電流帰還は相反する概念ではなく、併用することが可能である。山本の提案した回路もICアンプ固有の電圧帰還を残した電圧帰還と電流帰還の併用式となっている。他にも、金田式DCアンプでは電圧帰還と電流帰還の比率を変化させる「MFB(Motional Feed Back コントロール」を提案している。これは電圧帰還と電流帰還の比率を変化させることによりスピーカーの低音共振のQを理想的な0.6前後となるように電子的にダンピングをコントロールする試みである。

電流帰還アンプの音質としては生々しく立ち上がりが早いという意見がある。スピーカーは電磁石で重量のあるコーン紙などの機械系を駆動するため振動初期では粘性抵抗などにより振動しがたいためステップ応答が悪く高いインピーダンスをもつが、いったん振動し始めるとインピーダンスが低下するという非線形の過渡特性をもっている。見かけの周波数特性は電圧帰還アンプでも高域を強調すれば改善できるが、電流帰還アンプではステップ応答の初期からスピーカーに定電流が流れ一定の駆動力が発生するのでステップ応答等の過渡特性が優れる。

通常の周波数特性は定常的なサイン波を用いた測定であり、ステップ応答が悪くてもコーン紙が定常的な振動となるための時間があれば見かけの特性はよくなる。一方複雑な音楽ソースには定常的なサイン波などはなく常に複雑な波形となるので、ステップ応答特性が重要な要素となりえる。欧米のオーディオ雑誌では、スピーカーの過渡特性を重視しステップ応答を計測して公表しているものがあるが、残念ながらわが国では過渡特性の理解が成熟しておらず、理論的な解析も遅れている。

なお、厳密にいえばごく普通の電圧帰還式アンプの内部回路にも電流帰還の動作となる要素がある。例えばアンプの出力段において出力素子とスピーカーの間に挿入された保護抵抗は電流帰還要素として動作するし、アンプの電源回路には一定のインピーダンスがあるので、大出力時には電圧が低下して電流帰還的な要素として働いている。

なお、山本式電流帰還アンプは、アンプ全体が電流帰還となっているが、以前より負帰還回路の一部を低インピーダンス化して周波数特性を改善したオペアンプ等も電流帰還アンプと呼ばれている。しかしこれはアンプ全体の動作としては電圧帰還アンプであり、入力電圧に比例した出力電流が得られるわけではないので正確な名称ではない。これらを区別するために、山本式電流帰還アンプを定電流駆動アンプと呼ぶ人もいる。

著名なブランド[編集]

参考文献・出典・脚注[編集]

  1. ^ トランジスタ技術, 2008年3月号, CQ出版社.
  2. ^ B 級といってもバイアス電流は厳密に 0 ではなく、また AB 級といってもバイアス電流はさほど大きくないので(大きくすれば電力効率が落ち発熱が多くなる)、 B 級、 AB 級といっても大差ないことが多い。
  3. ^ 実際には同時期に歪打ち消し技術も流行しており、低歪率が何によるものかは留意する必要がある。
  4. ^ 山本式電流帰還アンプ改造勘どころ編 今日の必ずトクする一言
  5. ^ 新開発!ソニー独自の電流駆動システム「iFSテクノロジー」