アンナ・フォン・エスターライヒ (バイエルン公妃)

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アンナ・フォン・エスターライヒ

アンナ・フォン・エスターライヒ(Anna von Österreich, 1528年7月7日プラハ - 1590年10月16日ミュンヘン)は、神聖ローマ皇帝フェルディナント1世と皇后アンナ・ヤギエロの次女。バイエルン公アルブレヒト5世の妃。

幼少時から美しく育ち、様々な縁談が持ちかけられた。まずバイエルン公ヴィルヘルム4世の長男テオドール(1526年 - 1534年)、次いでフランスフランソワ1世の子オルレアン公シャルル(1522年 - 1545年)と婚約したが、2人とも婚約後ほとんどすぐに死去した。

アンナは結局1546年7月4日、17歳の時にレーゲンスブルクで、かつての婚約者の弟バイエルン公アルブレヒト5世と結婚した。2人はアルブレヒトの即位までランツフートのトラウスニッツ城で過ごした。

アンナとアルブレヒト5世の宮廷は、オルランド・ディ・ラッソが宮廷音楽家として仕えていたことで知られている。

子女[編集]

  • カール(1547年)
  • ヴィルヘルム5世(1548年 - 1626年) - バイエルン公
  • フェルディナント(1550年 - 1608年)
  • マリア・アンナ(1551年 - 1608年) - 叔父に当たる内オーストリア大公カール2世と結婚
  • マクリミリアーナ・マリア(1552年 - 1614年)
  • フリードリヒ(1553年 - 1554年)
  • エルンスト(1554年 - 1612年) - ケルン大司教