アンナ・ド・ノアイユ

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フィリップ・ド・ラースローによるアンナの肖像

ノアイユ侯爵夫人アンナAnna, Marquise Mathieu de Noailles1876年11月1日11月15日 - 1933年4月30日)は、フランスの小説家。

生涯[編集]

ルーマニアの貴族(ボイェルBoyars)であるビベスク家とブルンコヴェアヌ家の血をひくグレゴワール・ビベスコ=バッサラバの子として、パリで生まれた。ルーマニア語での本名はアナAna)である。アンナの実母はラロウカ・ムスルというギリシャ人音楽家で、ポーランド人作曲家イグナツィ・パデレフスキが数曲を捧げた女性であった。1897年、マチュー・フェルナン・フレデリック・ド・ノアイユ(1873年-1942年、7代ノアイユ公の四男)と結婚。一人息子アンヌ・ジュール(1900年-1979年)をもうけた。

アンナは3冊の小説、1冊の自伝、数作の詩を書いた。20世紀初頭、アンナの主催するサロンは多くの知識・文化人を惹きつけていた。ポール・クローデルアンドレ・ジイドフレデリック・ミストラルロベール・ド・モンテスキューポール・ヴァレリージャン・コクトーアルフォンス・ドーデピエール・ロティマックス・ジャコブが知られる。

アンナは当時知られる多様な画家たちが競って肖像画を描いた。アントニオ・デ・ラ・ギャンダラキース・ファン・ドンヘンジャック・エミール・ブランシュフィリップ・ド・ラースローである。1906年、彫刻家オーギュスト・ロダンがアンナの像を製作した。現在この像はパリのロダン美術館にある。アンナ・ド・ノアイユはレジオンドヌール勲章の女性初のコマンドールになった。また、アカデミー・フランセーズは彼女にちなんだ賞を創設した。1933年にアンナは死去し、ペール・ラシェーズ墓地に埋葬された。

作品[編集]

  • Le Cœur innombrable (1901)
  • L'Ombre des jours (1902)
  • Les Éblouissements (1907)
  • Les Vivants et les Morts (1913)
  • Les Forces éternelles (1920)
  • Poème de l'amour (1924)
  • L'Honneur de souffrir (1927)
  • Exactitudes, Paris (1930)
  • Derniers Vers et Poèmes d'enfance (1934)

外部リンク[編集]

Gabriel Badea-Päun, La chapelle Bibesco-Brancovan du cimitière du Père Lachaise à Paris, http://www.latribunedelart.com/Etudes/Etudes_2006/Bibesco_102.htm