アンナ・カレーニナ

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アンナ・カレーニナ』(: Анна Каренина)は、帝政ロシアの作家レフ・トルストイの長編小説。1873年から執筆を開始し、1875年から雑誌『ロシア報知英語版』(: Русскій Вѣстникъ)に連載した。1877年に単行本初版が刊行された。『戦争と平和』と並ぶ作者の代表作であり、現代に至るまで極めて高い評価を受けている。

イワン・クラムスコイ作「見知らぬ女」(1883年)。アンナ・カレーニナをイメージしたものとも言われている[1]

あらすじ[編集]

主な舞台は1870年代のロシア。

政府高官カレーニンの妻である美貌のアンナは、兄夫婦のいさかいを仲裁するためにやってきたモスクワで若い貴族の将校ヴロンスキーと出会い、ひかれあう。

地方の純朴な地主リョーヴィンは、アンナの兄嫁の妹キティに求婚するが、ヴロンスキーとの結婚を期待するキティに断られてしまう。失意のリョーヴィンは、領地に戻り、農地の経営改善に熱心に取り組む。ところが、キティは、ヴロンスキーに無視されて、それがきっかけで病気になってしまう。

アンナは夫と幼い一人息子の待つペテルブルクへ帰るが、ヴロンスキーはアンナを追う。二人の関係は急速に深まるが、それを知ったカレーニンは世間体を気にして離婚に応じない。

アンナはヴロンスキーの子供を出産後、重態となる。そこへ駆けつけたカレーニンは寛大な態度でアンナを許す。その様子を見たヴロンスキーはアンナを失うことに絶望してピストル自殺を図るが、未遂に終わる。その後ヴロンスキーは退役して、回復したアンナを連れて外国に出奔する。

リョーヴィンは病気の癒えたキティと結婚し、領地の農村で新婚生活を始める。そして兄を看取ったことをきっかけに人生の意義に悩むようになる。

帰国したアンナとヴロンスキーの二人は、不品行が知れ渡り、社交界から締め出され、やむなくヴロンスキーの領地に居を定めることになる。離婚の話は、狂信的な知人のカレーニンへの入れ知恵や、一人息子を奪われるというアンナの恐れなどの事情でなかなか進まない。自らの境遇に不満なアンナと領地の経営に熱中するようになったヴロンスキーとはしだいに気持ちがずれていき、アンナはヴロンスキーの愛情が他の女性に移ったのではないかとまで疑うようになる。ついに絶望したアンナは列車に身を投げる。生きる目的を見失ったヴロンスキーは、私費を投じて義勇軍を編成し、トルコとの戦争(露土戦争)に赴く。

一方、リョーヴィンは、キティとの間に子供をもうけ、領地で幸せな家庭を築き、人は他人や神のために生きるべきものだという思いに至る。

主題[編集]

不倫という神の掟をやぶる行為に走ったアンナは不幸な結末を迎えざるをえない。しかし、自分の気持ちに誠実に生きたアンナを同じ罪人である人間が裁くことはできない。虚飾に満ちた都会の貴族社会で死に追いやられたアンナと、農村で実直に生きて信仰に目覚め、幸せをつかんだリョーヴィンとが対比され、人の生きるべき道が示されている[2][3][4][5][6]

手法[編集]

トルストイは、リアリズムの巨匠の一人と評され、本作品においても鋭敏な感性で登場人物の肉体や行動、および環境を描くことで、その人物の心理を表現するという作者一流のリアリズムの手法が駆使されている。その的確な描写力に加え、心理に対する深い洞察、厳密なことばの選択などが、数多くの登場人物の個性を鮮やかに描き分ける[7][8][9]。また、修辞学を排し語義そのものを明らかにする直截的な文体が用いられている[10]

評価[編集]

雑誌に発表した当初から賞賛の声に包まれた[11]ドストエフスキーは「芸術上の完璧であって、現代、ヨーロッパの文学中、なに一つこれに比肩することのできないような作品である[12]」、トーマス・マンは「このような見事な小説、少しの無駄もなく一気に読ませる書物、全体の構造も細部の仕上げも一点非の打ちどころのない作品[13]」と評し、レーニンは、本がすり切れるまで読んだと言われている[14]桑原武夫は「この間お目にかかった志賀直哉さんも、近代小説の教科書といっていい、ともらされております[15]」と発言している。

2002年にはノルウェー・ブック・クラブ(Norwegian Book Club)が選定した「世界文学最高の100冊」(en:The 100 Best Books of All Time)に選ばれ、2007年刊行の『トップテン 作家が選ぶ愛読書』“The Top Ten: Writers Pick Their Favorite Books”[16]においては、現代英米作家125人の投票により、世界文学ベストテン[17]の首位を占めた。

日本語訳[編集]

複数の訳が重版されているが、いずれもタイトルは「アンナ・カレーニナ」で統一されている。

派生作品[編集]

M・ヴルーベリによる挿絵 『息子と再会するアンナ・カレーニナ』 (1878年)

映画[編集]

この作品は何度も映画・テレビ化されている。

バレエ[編集]

M・プリセツカヤが振付け、自身がアンナ役を踊った。音楽は夫のR・シチェドリン。プリセツカヤの衣装はフランスのピエール・カルダンが担当した。
P・チャイコフスキーの楽曲を使用した新作バレエ。

演劇[編集]

2001年(雪組) 2008年(星組)
ヴィロンスキー 朝海ひかる 夢乃聖夏麻尋しゅん
アンナ 紺野まひる 蒼乃夕妃妃咲せあら
カレーニン 貴城けい 紅ゆずる美弥るりか
コスチャ 立樹遥 壱城あずさ碧海りま

 出演

 2006年版 アンナ:一路真輝、ヴロンスキー:井上芳雄、レヴィン:葛山信吾、スティーバ:小市慢太郎

 2010年版 アンナ:一路真輝瀬奈じゅん(Wキャスト)、ヴロンスキー:伊礼彼方、レヴィン:葛山信吾、スティーバ:山西惇

脚注[編集]

  1. ^ 藤沼貴『トルストイ』第三文明社・2009・366頁
  2. ^ 『集英社 世界文学大事典3』集英社・1997・240、246頁
  3. ^ マーク・スローニム『ロシア文学史』新潮社・1976・324-325頁
  4. ^ ロマン・ロラン『トルストイの生涯』岩波文庫・1973・65頁
  5. ^ 金子幸彦『ロシア文学案内』岩波文庫・1976・170頁
  6. ^ 木村浩「解説」『アンナ・カレーニナ』新潮文庫・2005年・560-562頁
  7. ^ マーク・スローニム『ロシア文学史』新潮社・1976・309-313頁
  8. ^ 木村彰一『ロシア・ソヴェート文学史』中央公論社・1958・112-113頁
  9. ^ 木村浩「解説」『アンナ・カレーニナ』新潮文庫・2005年・562頁
  10. ^ マーク・スローニム『ロシア文学史』新潮社・1976・321-323頁
  11. ^ 藤沼貴『トルストイ』第三文明社・2009・376頁
  12. ^ 『ドストエフスキー全集15』河出書房新社・1973・231頁
  13. ^ 「『アンナ・カレーニナ』」『トーマス・マン全集 Ⅸ』新潮社、1979、505頁
  14. ^ 藤沼貴『トルストイ』第三文明社・2009・471頁
  15. ^ 桑原武夫『文学入門』岩波新書・1975・131、132頁
  16. ^ Zane,J.Peder(ed.),The Top Ten: Writers Pick Their Favorite Books,New York,London,2007
  17. ^ http://www.toptenbooks.net/newsingle.cgi?1270583875

外部リンク[編集]

英語版テキスト[編集]

ロシア語版テキスト[編集]