アンナミラーズ

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アンナミラーズ赤坂山王下店
2008年8月閉店)

アンナミラーズ英語Anna Miller's)は、アメリカペンシルベニア・ダッチドイツ風スタイルの家庭料理とデザートパイを提供するレストランチェーン店

日本とアメリカ合衆国ハワイ州で展開されている。しばしば「アンミラ」と略して呼称される。日本では井村屋株式会社フードサービス事業部が運営しており、同社は「アンナミラーズ」及び「アンミラー」の名称を商標登録している。

歴史[編集]

1973年、ハワイとアメリカ西海岸でオープンしたレストランがアンナミラーズの起源である。ペンシルベニア・ダッチドイツ系)の子孫の創立者スタンレー・ミラー(Stanley・Miller)はレストランを開くにあたり、祖母アンナ(Hanna Miller)が作っていた素朴なペンシルベニア・ダッチスタイルの家庭料理をコンセプトとし、店に彼女の名を冠した。

日本で最初のアンナミラーズは1973年6月13日にオープンした青山店である。井村屋製菓(現・井村屋グループ)初代社長である井村二郎が外食産業に着目し、米国に視察に行ったことがきっかけとなり、米国アンナミラーズ社の日本でのチェーン店展開のためにライセンス契約を締結、浅田剛夫(現・井村屋グループ社長兼井村屋会長)がアメリカで本場の味と接客を学び、1号店の店長となった[1]

その後、1990年に井村屋製菓がアンナミラーズ社から日本での商標権を取得、以後は日本独自の店舗展開を行っており、店舗の中にはアクアシティお台場店でのアメリカンフュージョン料理や高輪店でのベーカリー(2005年1月で終了)など、独自色を持たせた店舗もあった。

2006年10月から関東地区のコンビニエンスストア限定で「アンナミラーズ オリジナル・アイスクリームパフェ」を発売。製造は井村屋製菓の関連会社であるポレアが担当している。

店舗[編集]

日本国内の店舗は、かつて営業していたものも含め全て首都圏にある。青山店開店後ほぼ1年に1店舗の割合で新店舗がオープンしてきた。1990年代には複合商業施設デパートへの出店が目立ち、最大で20店舗まで増加した。

最盛期の1990年代に商品価格が開業当初の約2倍に跳ね上がり、例えば主力商品のパイ(1ピース)は開業当時350円前後から600~700円台になり、軽食メニューは主に1000~1500円前後の価格帯となるなど、飲食業の価格破壊が進む中、割高感のある価格設定となっていた。これが災いし営業赤字が深刻になり、2001年3月期は1億9000万円の赤字決算だった。

2000年以降は郊外の店舗を中心に多数を閉店し、2014年現在は1店舗のみ営業している。

東京都世田谷区経堂にあったカミサリー(集約工場、1977年11月〜2006年11月)は、効率化のため、フードサービスファクトリーと称し三重県津市高茶屋七丁目(井村屋(旧・井村屋製菓)津工場内)へ移設、津工場第五部門という位置付けとなった。

ウェイトレス制服は、ブラウスミニスカートの上に、胸元を大きく抉ったビブ・エプロンを着用して乳房を吊り上げて強調する、独特のデザインで人気が高い。漫画アニメゲーム他の登場人物が、アンナミラーズ制服に似た衣装を着ている事が多々ある他、ロイヤルホストにまで模倣されている。この制服人気の高さがコスプレ系飲食店などにも影響を及ぼしたと言われている。制服の大まかなラインは30年間でほぼ変わらず、エプロン前面の根元のタック(折りヒダ)の量が増えたり、チロリアンテープの幅が広がったりした程度である。小物に関しては、2000年前後にカチューシャが廃止されたほか、足元も当初の「ストッキング+白のモカシンシューズ」から、「ルーズソックス+スニーカー」へ変更になるなど、変化がめまぐるしい。色はピンクとオレンジから始まり、高輪店の改装時に赤(ワインレッド)が加わった。

現行店舗[編集]

日本以外ではアメリカ合衆国ハワイ州のパールリッジ・センターに店舗が存在する。また2012年12月20日には中国・天津市の天津伊勢丹2号店に出店している[2]

閉店した店舗[編集]

旧アンナミラーズ自由が丘店(2006年9月閉店、現在は他店舗に改装)
広尾店で使用されていたジャイロキャノピー

脚注[編集]

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外部リンク[編集]