アンドレイ・トシェフ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
Andrey Toshev

アンドレイ・スラヴォフ・トシェフ (ブルガリア語: Андрей Славов Тошев, ラテン文字転写: Andrey Slavov Toshev) (1867年4月16日, スタラ・ザゴラ - 1944年1月10日)は、ブルガリアの科学者、外交官。1935年に首相を務めた。

トシェフは外交官として1909年から1913年までセルビアでブルガリア大使を務め、その中で彼はバルカン同盟の成立を助けた。また、1913年から1914年にコンスタンティノープルでブルガリア大使を務めた。

1934年ズヴェノ軍事クーデター後の不安定な中、断固たる忠誠心を示したため、トシェフはボリス3 世により閣僚評議会議長に指名された。彼は事実上ツァールの傀儡として、軍政期後に純粋な文民内閣を率いた。[1] 彼の内閣は1935年11月の選挙においてゲオルギ・キョセイヴァノフが勝利することで短命なものとなった。

参考文献[編集]

  1. ^ S.G. Evans, A Short History of Bulgaria, London, Lawrence and Wishart, 1960, p. 173
先代:
ペンチョ・ズラテフ
ブルガリア王国
閣僚評議会議長
1935年
次代:
ゲオルギ・キョセイヴァノフ