アントニオ・マクダイス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
アントニオ・マクダイス
Antonio McDyess
Mcdyess free throw.jpg
名前
本名 Antonio Keithflen McDyess
愛称 "Dice"
ラテン文字 Antonio McDyess
基本情報
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
誕生日 1974年9月7日(39歳)
出身地 ミシシッピ州
身長 206cm
体重 111kg
選手情報
ポジション パワーフォワード
背番号 34
ドラフト 1995年 2位
経歴
1995-1997
1997-1998
1998-2002
2003-2004
2004
2004-2009
2009-2011
デンバー・ナゲッツ
フェニックス・サンズ
デンバー・ナゲッツ
ニューヨーク・ニックス
フェニックス・サンズ
デトロイト・ピストンズ
サンアントニオ・スパーズ
 
獲得メダル
アメリカ合衆国の旗 アメリカ
オリンピック
2000 シドニー バスケットボール

アントニオ・マクダイスAntonio Keithflen McDyess, 1974年9月7日 - )は、アメリカ合衆国ミシシッピ州クウィットマン出身のバスケットボール選手。NBAデンバー・ナゲッツフェニックス・サンズニューヨーク・ニックスデトロイト・ピストンズサンアントニオ・スパーズに所属していた。身長206cm、体重111kg。ポジションはPF

経歴[編集]

1995年のNBAドラフトで、アラバマ大学からロサンゼルス・クリッパーズに全体2位で指名された後、そのままデンバー・ナゲッツへトレードされた。爆発的な身体能力を生かして1997年フェニックス・サンズへトレードされたが、1年でFAとなりナゲッツへ戻った。2000年シドニーオリンピックアメリカ代表に選出。金メダル獲得チームの一員となった。2000-01シーズンには20.8得点、12.1リバウンドの数字を残し、オールスターにも選出されるなどまさにキャリアの絶頂であった。しかし翌シーズン2001-02シーズン初めに膝に重傷を負い、1年間を棒に振ることになる。これ以降怪我がちになり、何度も手術を経験している。この時期にマーカス・キャンビーとのトレードのためニューヨーク・ニックスへ移籍することになる。この時点ではすでに膝はボロボロの状態で彼の特長である爆発的な跳躍力は影を潜めていった。しかしそれでも治療を繰り返し、2004年のオフシーズンにデトロイト・ピストンズへ移籍。ピストンズではシックスマンとして重要な働きを担う。2007-08シーズンには再び先発フォワードとして78試合に出場した。

2008‐09シーズン直後、アレン・アイバーソンとのトレードでチャンシー・ビラップスらと共にデンバー・ナゲッツへ移籍が決まる[1]。しかし、マクダイスは2年ほど前から常々「ピストンズを出てまで現役を続けようとは思わない。」とコメントをしていた。その後、ナゲッツとのバイアウトが成立し、ピストンズに復帰した。

2008-09シーズン後、サンアントニオ・スパーズに移籍し、2シーズンプレーし2010-11シーズン後に引退した。

プレイスタイル[編集]

キャリア前期は、高い跳躍力とパワーを生かした豪快なダンクシュートブロックショット、およびリバウンドが特長であった。膝を痛めるまでは垂直跳びで120cm=47インチを誇っていた。2001-02シーズンに膝を痛めて以降はその身体能力は鳴りを潜めるようになりスタッツも軒並み低下してしまっている。それでも現在はペリメーター付近のジャンプシュートとリバウンド、優れた技術と戦術眼を持つチームに貢献するベテランとして重宝されている。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ Pistons acquire Iverson for Billups, McDyess, Samb”. nba.com (2008年11月5日). 2010年7月11日閲覧。

外部リンク[編集]