アントニオ・ボルハ・ウォン・パット

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アントニオ・ボルハ・ウォン・パット(Antonio Borja Won Pat, 1908年12月10日 - 1987年5月1日)は、グアムから初めて選出された、アメリカ合衆国下院代議員(投票資格のない下院の構成員)。

ウォン・パットはグアムのスマイ(Sumay)で生まれ、地元で学び、1926年から教師や校長として働いていた[1][2]1936年にグアム顧問議会に初めて選出され、1948年にはグアム議会の議長となった。1965年、ウォン・パットは民主党から出馬して当選し、グアムが初めてワシントンD.C.に送り出す代表となった。ウォン・パットは、1968年にも再選され、1970年までワシントンにおけるグアムの代表を務めた。1972年の選挙で、ウォン・パットはグアム初の下院代議員に選出され、後に1984年の選挙で共和党のベン・ブラッツ(Ben Blaz)に再選を阻まれるまで、代議員を6期務めた[1]

ウォン・パットはグアムのシナハニャ(Sinajana)で引退したが、晩年も議会周辺への働きかけを続け、最期はワシントンD.C.に近いメリーランド州シルバースプリング(Silver Spring)で心臓発作のため死去した[2]。ウォン・パットはグアムのピティ(Piti)にある退役軍人墓地に埋葬された。ウォン・パットが亡くなった翌年の1988年グアム国際空港は正式名称をアントニオ・B・ウォン・パット国際空港に改めた[3]

出典・脚注[編集]

  1. ^ a b WON PAT, Antonio Borja, (1908 - 1987)”. United States Congress. 2011年1月21日閲覧。
  2. ^ a b Antonio Borja Won Pat”. Find A Grave. 2011年1月21日閲覧。
  3. ^ Timeline - 1988”. A.B. Won Pat International Airport Authority. 2011年1月21日閲覧。

外部リンク[編集]

議会
新設 アメリカ合衆国下院
代議員 (グアム選出)

1973–1985
次代:
Ben Garrido Blaz