アンデスの聖餐

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アンデスの聖餐
監督 アルバロ・J・コバセビッチ
脚本 マリオ・バルガス・リョサ
音楽 アンジェル・パラ
配給 ヘラルド
公開 1975年 ブラジルの旗
1976年9月 日本の旗
製作国 ブラジル
言語 ポルトガル語
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アンデスの聖餐』(アンデスのせいさん、原題LA ODISEA DE LOS ANDES)は、1972年10月13日ウルグアイからチリに向かった旅客機が遭難し、雪山で生き残った乗客たちが、死体を食糧にして生還したウルグアイ空軍機571便遭難事故を描いた1975年ブラジル制作のドキュメンタリー映画。この事件は他にも『アンデス地獄の彷徨』、『生きてこそ』など、何度か映画化されている。

目次

[編集] 概要

この頃は『グレートハンティング』、『スナッフ』など、たいていがやらせの猟奇的な内容の映画を過剰な宣伝でお客を呼ぼうとするものが多かったが、本作は事故の経緯と、救出に当たったレンジャーのインタビューや遺体の喰い散らかされた現場を遺族が訪れる様などを淡々と映像に捉えた、粗いながらも一風変わった作品に仕上がっている。

[編集] 映画版ストーリー


注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。免責事項もお読みください。


1972年10月13日、ウルグアイからチリに向かった旅客機が消息を絶った。さまざまな偶発的なミスが重なり、事故機が見つからないまま捜索は打ち切られるが、飛行機はアンデスの雪山に墜落し、40人の乗客と5人の乗員のうち、28人が生き残っていた。そのほとんどがラグビーチームの頑健な若者だったが、動物もろくにいない高山で、彼らは生き残るために仲間の死体を食糧にせざるを得なかった。雪崩や飢餓で次々と生存者が倒れる中、決死隊を志願した2人が山越えに成功、残りの14人が救出されるが、彼らを待っていたのは、人肉を食べて生き残った者に対する世間の好奇の目であった。

[編集] スタッフ

[編集] 関連項目

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