アンティーブ
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| Antibes | |
|---|---|
| 行政 | |
| 国 | |
| 地域圏(Région) | プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏 |
| 県(département) | アルプ=マリティーム県 |
| 郡(arrondissement) | Arrondissement of Grasse |
| 小郡(canton) | 2 |
| INSEEコード | 06004 |
| 郵便番号 | 06600 |
| 市長(任期) | ジャン・レオネッティ (2008年 - 2014年) |
| 自治体間連合 (fr) | Communauté d'agglomération de Sophia Antipolis |
| 人口動態 | |
| 人口 | 市: 75,000人 (2005年) |
| 人口密度 | 2 734人/km² |
| 地理 | |
| 座標 | 北緯43度34分51秒 東経7度07分26秒 / 北緯43.580834度 東経7.123889度 座標: 北緯43度34分51秒 東経7度07分26秒 / 北緯43.580834度 東経7.123889度 |
| 標高 | 平均:? m 最低:0 m 最高:163m |
| 面積 | 市: 26,48km² (2 648ha) |
アンティーブ(仏語:Antibes,古代ギリシア語:Antipolis)はフランス南部アルプ=マリティーム県にある保養地。
目次 |
[編集] 概要
アンティーブはフランス南部の地中海・コート・ダジュールに面した都市で、カンヌとニースの間に位置している。
[編集] 歴史
地形的に保護されている港のため、街は長期にわたり重要な貿易拠点であった。フランスが最終的に支配権を得るまで、様々な人によって統治されていた。 紀元前43年、アンティーブは公式にローマ帝国に併合され、支配が500年続いた。ローマ人はアンティーブをこの地域で一番大きい街に変え、ガリアへの主要な入り口とした。水道橋や要塞壁、アンフォラは今日でも見ることができる。
476年に西ローマ帝国が滅亡すると、様々な異民族がアンティーブにやって来た。その主な結果として、街の破壊と長期に渡る不安定な社会をもたらした。10世紀に領主ロドアールによって広範囲な要塞壁と城が築かれた。その後の200年、街は復興期を経験した。
アンティーブの繁栄は長続きしなかった。地域全体が数世紀に渡り、無秩序な状態に陥った。住人は、郊外で被害の多かった一連の戦いや疫病を避ける、強固な街の壁の内側で生活していた。15世紀末までに、街全体が、フランス国王ルイ11世の保護、支配下となった。
[編集] 姉妹都市
オールボー、デンマーク
エイラート、イスラエル
デゼンツァーノ・デル・ガルダ、イタリア
オリンピア (ギリシャ)、ギリシア
シュヴァルビシュ・グミュンド、ドイツ
ニューポート・ビーチ (カリフォルニア州)、アメリカ合衆国
キンセイル、アイルランド
[編集] 美術館・博物館
- ピカソ美術館 (Musée Picasso) - 旧市街にある。