アンティオペー

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コレッジオユピテルとアンティオペー』(1528年頃)。サテュロスに扮するゼウスと、アンティオペー、エロースが描かれている。一説には『眠れるヴィーナスとサテュロス』 。

アンティオペー古希: Ἀντιόπη, Antiopē)は、ギリシア神話の女性である。長母音を省略してアンティオペとも表記される。主に、

のほか数人が知られている。ニュクテウスの娘はエウリーピデース悲劇『アンティオペー』を書いたが散逸した。以下に説明する。

ニュクテウスの娘[編集]

このアンティオペーは、ニュクテウスとポリュクソーの娘で[1]、ニュクテーイスと姉妹[2]。しかし河神アーソーポスの娘ともいわれる[3]サテュロスに変身したゼウスとの間に[4]双子の兄弟ゼートスアムピーオーンを生んだ[5]

双子の出産[編集]

アンティオペーはゼウスに愛されて身ごもったが、ニュクテウスはそれを知るとひどく怒った。アンティオペーは父を恐れて逃げ、シキュオーンの王エポーペウスと結婚した。ニュクテウスは兄弟のリュコスにアンティオペーとエポーペウスを罰するよう頼んで自殺した。リュコスはシキュオーンを攻めてエポーペウスを殺し、アンティオペーをテーバイに連行したが、アンティオペーは途中のエレウテライで双子のゼートスとアムピーオーンを産んで捨てた[2]

パウサニアスによれば、アンティオペーはエポーペウスにさらわれたため、ニュクテウスはシキュオーンと戦い敗北したが、ニュクテウスとエポーペウスはともに戦争で負った傷が原因で死んだ。このため新しいシキュオーンの王ラーメドーンはリュコスにアンティオペーを引き渡した。そしてアンティオペーはテーバイに連行される途中にエレウテライで双子を産んだ[6]。エレウテライには小さな洞窟があって、アンティオペーはそこにゼートスとアムピーオーンを捨てたという[7]

ヒュギーヌスによれば、アンティオペーはリュコスの前妻だったがエポーペウスに穢され、リュコスに追い出された後にゼウスに愛された。しかしリュコスの後妻ディルケーはアンティオペーとリュコスの関係を疑い、アンティオペーを捕らえた。このためゼウスはアンティオペーを逃がし、アンティオペーはキタイローン山でゼートスとアムピーオーンを産んだという[8]

子供たちに助けられる[編集]

捕らわれたアンティオペーはリュコスとディルケーに虐待されたが、あるとき牢から逃げ出し、子供たちのところに来て助けを求めた。2人はアンティオペーが母だと知り、リュコスとディルケーを殺し、テーバイの王となった[2]。エウリーピデースの悲劇によればアンティオペーを虐待したのはディルケーで、逃げ出すことができたアンティオペーは自分の子供たちのところに来て助けを求めたが、ゼートスは彼女を受け入れなかった。そしてアンティオペーはディオニューソスの祭をするためにやって来たディルケーに発見され、連れて行かれた。しかしゼートスとアムピーオーンを育てた羊飼いは2人に彼女が母親だと教えたので、2人は後を追いかけてアンティオペーを救い、ディルケーを牛につないで殺した[9]。しかしディルケーを殺されたディオニューソスは怒ってアンティオペーを狂気させた。アンティオペーはギリシア中を放浪したが、シーシュポスの孫のポーコスに癒され、妻となった。ポーキスのティトレアにはアンティオペーとポーコスの墓があったという[10]

系図[編集]

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ヒュリエウス
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
カドモス
 
 
 
ニュクテウス
 
ポリュクソー
 
 
 
リュコス
 
ディルケー
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ポリュドーロス
 
ニュクテーイス
 
アンティオペー
 
ゼウス
 
タンタロス
 
ディオーネー
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ラブダコス
 
 
 
ゼートス
 
アムピーオーン
 
ニオベー
 
ペロプス
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ラーイオス
 
 
 
 
 
 
 
 
 
クローリス
 
ネーレウス
 
 
 
 


バルトロメウス・スプランヘル(1596年)の作品ではワシが描かれ、サテュロスに変身したユーピテルであることが分かる。ウィーン美術史博物館

アンティオペーと西洋絵画[編集]

アンティオペーは西洋絵画では人気のあった題材で、オウィディウスの『変身物語』にもとづいて[4]、サテュロスに変身したユーピテル(ゼウス)とともに描かれた。これらの作品は『ジュピターとアンティオペ』と呼ばれ、特にコレッジョの作品が有名である。しかしコレッジョを含むいくつかの作品について、別の主題(ウェヌス、あるいはニュムペー)を描いたものではないかとう疑いが持たれている。それらの作品ではアンティオペーは眠った姿で描かれているが、現存する文献からはユーピテルがアンティオペーのところにやって来たときに、彼女が眠っていたとする伝承は確認できない。さらにユーピテルの象徴であるワシが描かれていないことが問題を難しくしている[11]。そこで解説書ではどちらの題名も述べられていることが多い。

ギャラリー[編集]

アマゾーンの女王[編集]

アンティオペーとテーセウス

このアンティオペーは、アマゾーンの女王である。アレースオトレーレーの娘で、ヒッポリュテーと姉妹[12]アテーナイテーセウスとの間にヒッポリュトスを生んだ[13]

アンティオペーはヘーラクレースがヒッポリュテーの帯を得るためにアマゾーンの国を訪れたとき、同行していたテーセウスにさらわれた。アマゾーンたちはアテーナイに遠征し、アンティオペーを助けようとしたがテーセウスに敗れた。アンティオペーはテーセウスの妻となり、ヒッポリュトスを生んだが、後にテーセウスはクレータ島の王ミーノースの娘パイドラーと結婚した[14]。このためアンティオペーはアマゾーンを率いて結婚式を襲ったが、結婚式の出席者たちは扉を閉めてアンティオペーたちを殺したとも、テーセウスに殺されたとも[15]、あるいはヘーラクレースに殺されたとも[16]、またあるいはモルパディアーに殺されたともいう[17]

プルタルコスによればピロコロスなどの人々は、アンティオペーはヘーラクレースに同行した報酬としてテーセウスに与えられたというが[16]、アンティオペーはテーセウスに恋をして自らヘーラクレースに降伏したともいわれる[18]

しかし、レーロスのペレキューデースヘッラニコスヘロドトスなどは、テーセウスはヘーラクレースの後にアマゾーンに遠征し、アンティオペーを捕虜にした。ビオンによれば、テーセウスは贈物を持って来たアンティオペーを騙して船に乗らせ、出航したという。またメネクラテスによるとテーセウスとアンティオペーはビーテューニアニカイアに一時滞在した。このときテーセウスの部下のソロエイスはアンティオペーに恋をしたが、そのことをソロエイスの友人がアンティオペーに伝えると、アンティオペーはこれを拒絶した。アンティオペーはそのことをテーセウスに告げなかったが、ソロエイスは絶望して河に身を投げたという。プルタルコスによれば、アンティオペーをさらわれたアマゾーンはアテーナイ市内に攻め込んだため、テーセウスは神託に従い、ポボスに犠牲を捧げてアマゾーンと戦った。アンティオペーは密かに傷ついたアマゾーンたちをカルキスに運んで世話し、死んだ者たちをアマゾネイオンに葬った[19]

系譜[編集]

アイゲウス
 
オトレーレー
 
アレース
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
テーセウス
 
アンティオペー
 
ヒッポリュテー
 
ペンテシレイア
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ヒッポリュトス
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


その他のアンティオペー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ アポロドーロス、3巻10・1。
  2. ^ a b c アポロドーロス、3巻5・5。
  3. ^ オデュッセイア』11巻261~262。パウサニアス、2巻6・1。
  4. ^ a b オウィディウス『変身物語』6巻。
  5. ^ アポロドーロス、3巻5・5、10・1。ヒュギーヌス、8など。
  6. ^ パウサニアス、2巻6・2~6・3。
  7. ^ パウサニアス、1巻38・9。
  8. ^ ヒュギーヌス、7。
  9. ^ ヒュギーヌス、8。
  10. ^ パウサニアス、9巻17・6、10巻32・10。
  11. ^ 『全集美術のなかの裸婦 第3巻 ―神話・神々をめぐる女たち』、p.95。
  12. ^ パウサニアス、1巻41・7。
  13. ^ アポロドーロス、摘要(E)1・17。ヒュギーヌス、250など。
  14. ^ アポロドーロス、摘要(E)1・16~1・17。
  15. ^ アポロドーロス「サバス本」、摘要(E)1・17~1・18。
  16. ^ a b プルタルコス「テーセウス伝」28。
  17. ^ パウサニアス、1巻2・1。
  18. ^ トロイゼーンのヘーギアース(パウサニアスによる引用、1巻2・1)。
  19. ^ 以上、プルタルコス「テーセウス伝」26、27。
  20. ^ アポロドーロス、2巻7・8。
  21. ^ ヒュギーヌス、14。

参考文献[編集]