アンジェイ・ズラウスキー

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アンジェイ・ズラウスキー
Andrzej Żuławski
Andrzej Żuławski
2001年撮影
生年月日 1940年11月22日(72歳)
出生地 ポーランドの旗 ポーランド・ルヴフ(現在のウクライナリヴィウ
国籍 ポーランドの旗 ポーランド
職業 映画監督
ジャンル 映画
活動期間 1960年 -
活動内容 1960年:アンジェイ・ワイダの助監督として映画界入り
1967年:テレビドラマで演出家デビュー
1971年:長編映画初監督
配偶者 マウゴジャータ・ブラウネック ※離婚
家族 ミロスワフ・ジュワフスキ(父)
クサヴェリ・ジュワフスキ(息子)
公式サイト http://www.andrzej-zulawski.com/

アンジェイ・ズラウスキー(ジュワフスキ、Andrzej Żuławski, 1940年11月22日 - )は、ポーランド出身の映画監督

目次

来歴・人物 [編集]

1940年、当時ポーランド支配下にあったルヴフ(現在のウクライナリヴィウ)に、作家ミロスワフ・ジュワフスキ英語版の息子として生まれる。大叔父(父方の祖父の兄弟)には作家イェジイ・ジュワフスキがいる。

1957年から1959年までフランスに留学、パリの高等映画学院に学ぶ。

1960年から1966年まで、アンジェイ・ワイダの助監督をつとめる。その間、ワルシャワ大学哲学科とパリ政治学院で学ぶ。また、映画批評や詩作を発表。

1967年に短編テレビ映画Pavoncello』で演出家デビューし、1971年に父ミロスワフとの共同脚本で映画処女作となる『夜の第三部分』を監督する。

1980年の映画『ポゼッション』が第34回カンヌ国際映画祭(1981年)でパルム・ドールにノミネートされ、主演のイザベル・アジャーニが女優賞を受賞したことで、世界的に注目されるようになる。

1988年、大叔父イェジイの代表作「月三部作」の第1部『銀球で』を原作にしたSF映画『シルバー・グローブ/銀の惑星』を発表する。

狂気を内に秘めた女性と彼女に翻弄される男性の姿を描いた作品が多い。アンジェイ・ワイダの象徴主義を継承し、官能と狂気と不条理が交差するその作風は、ポーランドの悲劇の歴史を表現していると言われる[要出典]

後年は、活動拠点をフランスに移し、女優ソフィー・マルソーと私的なパートナーとなって彼女の主演作をいくつか発表している。

私生活 [編集]

女優マウゴジャータ・ブラウネック英語版と結婚、1971年に息子クサヴェリ・ジュワフスキ英語版が生まれるが、後に離婚。クサヴェリは後にテレビドラマの演出家となる。

26歳年下の女優ソフィー・マルソーと長く事実婚の関係にあり、1995年に息子ヴァンサンが生まれる[1]が、後に関係を解消している。

フィルモグラフィー [編集]

参考文献 [編集]

  1. ^ Andrzej Zulawski - Biography” (英語). IMDb. 2013年4月20日閲覧。

外部リンク [編集]