アロンソマニア
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アロンソマニア(Alonsomanía、アロンソ症候群、アロンソマニーア)とはスペイン人F1ドライバー、フェルナンド・アロンソにまつわるスペインにおけるファン現象、ブームの一種である。
元来スペインでは「乗り物」を使ったレース人気が高く、自転車レースのミゲール・インデュラインやWRCのカルロス・サインツ、WGP(現MotoGP)のアレックス・クリビーレなど各カテゴリの王者には王室から庶民まで多大な支持が寄せられていた。しかし、殊4輪のサーキットレースに関してはトップクラスで活躍したドライバーがいなかったため、特別な注目を集めることがなかった。ところが、アロンソの登場と活躍によりF1への関心は巨大なものとなり、スペイン全体にわたってこの現象は広がり、一大ブームを巻き起こした。
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[編集] 経緯
この現象の端緒はアロンソがF1にデビューした2001年にある。当初は、アロンソが属していたチームが弱小のミナルディであったこともあり、そのファンは熱心ではあっても好事家によるごく小規模なものに過ぎなかったが、2003年にアロンソが当時台頭しつつあったルノーチームからフル参戦し、活躍を始めるようになったことで、スペインにおいて、アロンソとF1自体との人気が徐々に拡大し、この現象に火が点き始めた[要出典]。
特に2003年、この年アロンソは第13戦ハンガリーGPで初優勝しているが、この現象を語る上で、それにも増して重要な転機となったレースは第5戦の母国スペインGPであったといえる[要出典]。この年の序盤において連続入賞と連続表彰台を獲得していたアロンソへの注目度と期待は母国GPに乗り込んだ頃には非常に高くなっており、スペイン人にとっては大一番となったこのレースでアロンソは、当時のアロンソにとって、そしてスペイン人F1ドライバーにとっても最高位となる2位表彰台を獲得したことで見事に期待に応え、ファンを大いに熱狂させた。これがスペインにおけるF1への注目度向上という点でひとつのターニングポイントとなっている[要出典]。
2005年、フェルナンド・アロンソはF1タイトルを争い、9月25日、第17戦ブラジルGPにおいて、彼が同国最初の、そしてF1史上で最年少のワールドチャンピオンとなったことで、この現象はさしあたりのピークを迎え、特に彼の故郷であるスペインのオビエドでは大変な騒ぎとなった[要出典]。
「フェルナンド、感動をありがとう」、そう書かれた横断幕がブラジルGPを見た人々によってオビエドの講堂に掲げられた。人口20万人ほどのこの町で、5万人以上の人々が市内のアメリカ広場に集まり、母国の英雄となった彼の偉業を祝し、飲めや歌えの大騒ぎとなり、「フェルナンド、フェルナンド」と彼の名を叫ぶ歓声が一晩中こだました[要出典]。
2番目のピークは、同年の10月21日に彼がオビエドに凱旋し、スペイン王太子賞(Premios Príncipe de Asturias)を受賞した時となった。この賞の受賞者として最年少となるものであり、式にはフアン・カルロス1世の妃であるソフィア王妃らも列席し、アロンソはカンポアモール劇場で同国の当時の王太子フェリペ王子から王太子賞を受賞した。この時、劇場の外にあるアメリカ広場にはやはり2万人以上の人々が集まり、彼の受賞を祝った。
[編集] 特徴
ルノーチームのチームカラーが、偶然にもオビエドの属するアストゥリアス州の旗の色でもある水色と黄色と同じであった(メインスポンサーがマイルドセブンの為)こともあり、アロンソを応援するファンは水色と黄色の服装をまとい、アストゥリアス旗を持っていることが常である。
[編集] アンチアロンシズモ
アンチアロンシズモ(Antialonsismo、反アロンソ主義)とは、主にこの現象への反感から来たもので、アロンソマニアの現象が世間に広がることに伴い広がった無条件のアロンソ支持の風潮を、その他のF1ファンの立場から批判しあるいはアロンソ個人に対して批判的な立場に立ったもの[要出典]で、「アロンソマニア」の対義語である。スペイン語版ウィキペディアでは独自の項目が立てられていた。
起源は2004年と思われる。この年、アロンソの不調に伴い、F1ファン[誰?]の間でその能力について疑問視する声がささやかれるようになり[要出典]、また、アロンソは母国のファンからのサポートに対して公に感謝の言葉を口にすることは稀なタイプのスポーツ選手で、にも関わらず、アロンソ支持の熱狂的な風潮がスペイン国内に拡大していったことについて、反感混じりの異論を持ったものであるとされる[要出典]。そもそもアロンソは母国のファンのことなぞ歯牙にもかけていない、という過激な見方をする者も少なくない[要出典]。
2005年、アロンソは最終的にチャンピオンとなるが、この年の序盤、ライバルであるキミ・ライコネンがメカニカルトラブルによりたびたび脱落していたこともあって、アロンソはこの間にあげた優勝で大きくリードを築いており、特に第7戦ヨーロッパGPではライコネンの乗ったMP4-20がファイナルラップでトラブルを起こしアロンソが優勝するなど、アロンソが「幸運な」優勝を重ねていた、という見方はF1ファン一般の間においても少なからずあった[要出典]ことから、このことはアロンソの能力を疑問視する反アロンソ主義の主張に一定の説得力を持たせた[要出典]。
また、レース内容ばかりでなく、アロンソがブラジルGPでタイトルを獲得して以後、ほんの2、3人のチームスタッフにのみしか感謝の言葉を述べていない、ということについても反感が持たれている[要出典]。
こうしたことからもわかるように、アロンソマニアの現象はスペイン国内でそれまでF1にさほど興味を持っていなかった人々を取り込むことに成功した一方で、F1自体が好きというタイプのファンの間では、必ずしもアロンソ支持にはつながっていない、という側面がある。日本におけるアイルトン・セナを中心としたF1ブームと、一方でセナ本人あるいはある種の神格化をされたセナ人気を積極的に嫌悪するアンチファンの発生[要出典]、ドイツにおけるシューマッハ兄弟により起こったF1ブームと旧来のドイツ人F1ファンからの兄弟への人気との温度差[要出典]、など、近年にF1人気が急速な盛り上がりを見せた他国の事例[要出典]とよく似た現象であるともいえる。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- Portal de la Alonsomanía - スペイン語

